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「ひいい」
とうとう雷鳴が轟き、夏樹は身をすくめた。
髪までが雨に曝され濡れて頬にはりつく。
恐怖に打ちひしがれて、とうとう車に戻ろうと振り返った時だった。
門を勢いよく開けて戻ってきた男は、背中に大人一人は入ろうかという麻袋を背負った初老の男だった。
髪は脳天にはりつき、髭も雨でしょぼくれている。
長靴をはいて、ぐっしょりと濡れた衣服を着た男は、どぶねずみのようだった。
「何をしている!こんな雨の中。おい、正志!あいつ何をしている」
雷に負けない音量で男は叫ぶと、走ってくるとすぐにポケットをまさぐる。
服からぼたぼたと垂れる滴で、男がどれほど濡れているのか分かる。
「先生、このたびは原稿にミスがあって申し訳ありませんでした。お詫びにこれを」
夏樹が胸にかかえていた菓子折を雨の中差し出すと、一瞬男の動きが止まった。
東だと思い込んだが違ったのかと思ったが、男は目を丸くして視線を菓子折に落とす。
「なんだそれ。早く入れ。風邪をひくぞ」
そういうと、鍵を開けて一人家の中に入っていく。そして聞えるどなり声。
「まさしー!何をしているんだ。いい加減にしろ!」
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