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だが、彼女は高いヒールで踊るようにして、小屋の方に歩いていく。
くるりと大きな瞳は、女の武器になる。
しなやかな手で、正志の肩に触れるのだろう。
原稿を手に、夏樹は車に乗り込んだ。封筒を隣の席にほうり、ハンドルに顔をつっぷした。
もう正志に気持などないと思っていた。
あの女が存在するのは、最初から見ていた光景だ。
それでも、陶芸もしない彼女が、週に一度ころ合いを見計らったようにしてここを訪れる時間が夏樹と重なるなどあり得ることだろうか。
牽制されている気持ちだ。
大きく息をつくと、鞄の中で携帯が一度振動する。
会社からの催促かと思って携帯を開いたが、そこには夏樹にとって一番安らぐ名前が表示されていた。
「もしもし?」
「おお、出た。ごめんね、仕事中だった?」
「大丈夫だよ。今先生の原稿を取って帰ろうとしたところ。めずらしいね。どうしたの。お昼休み?」
小島である。彼がメール無精だと発覚したのは会ってからすぐのこと。
普段からなかなか事務的連絡以外のメールが来ないことを疑問に思い、夏樹から聞いたのだ。
電話など滅多にない。
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