8人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、今外だったんだ?」
「うん。東先生の原稿を取りに来たの」
「いいね。俺、あのコラム好き。じゃあ陶芸もやったんだ」
「二時間も土をこねていたよ。今度おいでよ、楽しいから」
「ぜひ行きたいよー」
間延びした話し方は心地良く、いつまでも続けていたくなる。
「あ、はい」
が、突然小島が小さい声で返事をしたかと思うと、すぐに仕事口調に戻る。
「ごめん、行かなくちゃ。またメールするね」
というと、夏樹の返事を聞くこともなく通話が遮断された。
優しいと思えば、そっけない。
それでも心が軽くなったのは事実だった。
だが、疑問も残っている。彼とほとんど毎日連絡を取り合うようになって一カ月が過ぎた。
お互いに、おかしいと思うようなところも、諍いもない。
そして、お互いに好意を持っていることは連絡のとり方や、こんな些細な電話からも明らかだ。
だが、明確な言葉は存在しない。
結婚までいかなくとも、付き合っているのかさえ分からない。
恋愛なんて五年はしていなかった。
恋愛のはじめ方さえ忘れてしまったのに、恋愛が始まろうとしていることは感じていた。
だが、始まりは終わり。踏み出す勇気は出せないまま、夏樹は次の取材場所へ向けてアクセルを踏んだ。
最初のコメントを投稿しよう!