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自分のしらないことを教えてくれるのは、心地いい。
本当だ、と呟いて折りたたみの傘を畳んだ小島に、同じく傘を畳んだ夏樹はそっと手を伸ばした。
右斜め前にいるその背中まで、一歩余分に歩けば手などすぐに取れる。
驚くだろうか。手を放されたらどうしよう。
イチかバチかだ。
決意を込めて手が触れかけた時だった。
「あ!」
え、と顔を上げると、少し目線を上げたところに、『わんぱく農園』の看板が掲げられていた。
木で造られたそれは大きくもなく、相当年季の入ったもので、雨や土をかぶった影響か「わんはく」に代わっていた。
「ん?」
夏樹を振り返って首をかしげる小島に、夏樹は慌てて言った。
「すごい濡れちゃっているよ。これ拭いた方がいいよ」
「わー、本当だ。大丈夫大丈夫、おれも持っているから」
鞄からハンカチを出した夏樹に、小島が言う。
ショルダーバックを肩から下げていたせいで、小島の鞄は外側が傘からはみ出てずぶぬれだったのだ。
折りたたみ傘が小さいこともあったのだろう。
ハンカチをすっと引っ込めながら、受け取ってもらえなかったことにも気落ちする。
「すごい、混んでるよ!」
だが、小島はお構いなしに、到着した農園の駐車場に止まる車の数に目を丸くしてははしゃいでいた。
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