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時間は夕方を過ぎ、暗くなってきた。
部屋に入ると、ソファが向かい合って置かれていて、夏樹は右側へ座った。
「石田桃歌ってよ」
小島が熱烈なファンだと豪語する石田桃は、夏樹が高校生の頃に大ブレイクしたシンガーソングライターだ。
独特の歌詞をつづり、作曲まで自身でしているという石田桃は、奇抜な衣装や挑戦的なセクシーさを放ち、一部のファンの間では神のように扱われていると知っていた。
「恥ずかしいな」
雰囲気や歌詞が素晴らしいと語る小島は、そう言いながらも迷うことなく石田の歌を選曲した。
「ポスターとかも家に張ってあるんでしょう?見てみたいな」
歌い終わって息が上がる小島に、夏樹が決意を込めて言う。家に行きたい、と言っているのようなものだ。
「いやいや、引かれたら嫌だなぁ」
「引かないよ。ちょっと信者ぽいのを見てみたいんだもん」
うーん、と小島は度唸ると、マイクを渡してきた。すぐに、夏樹の入れた曲が流れ始める。
拒絶なのか。家に来てほしくないのか。
普通の男であれば、すぐに部屋に来いと呼びそうなのに、一向にその気配はないまま二か月が過ぎた。
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