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「いいと思います」
幸せだな、そう思ったのは隠しておこうと思った。しばらくは自分の胸の内にとどめておこう。
「では、ここから駅前の階段の下まで手をつながない?」
今度は噴き出す。
「聞かなくていいってば」
「はい」
と、差し出された手に自分の手を乗せる。
ぎゅ、と握られる感覚は守られているようでくすぐったい。
が、
「はい、おーわり」
「なにそれ!」
階段までと言われていた、しかしその距離数十メートル。
「誰かに見られちゃうかも」
小島の働く会社は近くにある。確かに、この辺りに住んでいる人間はたくさんいるだろう。
それでも、もう20後半になる男がそんなことを気にするなんて、どれだけシャイなのだ。
そして、恋愛初心者なのだ。
だが、彼に経験がないことは知っている。夏樹はその突っ込みを心の中にとどめて、頬を膨らませるだけにとどめた。
「つまんない」
「また今度ね」
惚れたものが負けだというのなら、完全に敗北だ。
にやりと笑った小島の横顔を眺めながら、夏樹はそれでも確かにこの手に掴んだ幸せに今は満足していた。
こうして二人は始まった。すぐに終わりを迎えるなんて、想像もしていなかったのだ。
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