8/3 午後1時の鐘

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穂香の影響からか、俺も小さい頃から本が好きだった。 その中でも一番好きだったのが推理小説。 その中でも魅力を感じたのは主人公の「推理力」よりも、犯人の「隠蔽力」である。 如何に主人公である探偵や刑事達を欺けるか、その中での犯人の心境の移り変わりを描いた描写というものが特に好きだった。 とは言え結局は逮捕される末路ではあるが・・・ 大立ち回りをする犯人にとても魅力を感じた。 「・・・大ちゃんまたその本読んでるの?」 帰りの電車の中でお気に入りの小説を読んでいると、穂香が声を掛けてくる。 「まぁな。穂香がくれた本だったしな。」 小学生の頃に穂香が初めて俺にくれた一冊。 「不完全犯罪」というタイトルであった。 内容は実に簡単な推理で、鍵を内側に置いたままの密室トリックである。 しかし、犯人は直前のアリバイ工作が甘く探偵に崩されていき、最後は自首して終わるというものである。 幼い頃の自分にとっては難しい推理ではあったが、今となっては至極簡単な流れである。 しかし、幼馴染からもらった初めてのプレゼントというものがあり、中々に手放せない一冊となっていた。 「大ちゃんはもっと難しいの読んでもいいと思う。」 「いや、家では読んでるよ。けど移動中はこっちのほうがいいかなって。」 穂香が少し顔を赤らめて俯く。 ・・・丁度最寄りの駅に着いたらしい。 俺らは電車を降り、帰路へとつく。 空を見上げればいつの間にか夕焼けが。時計を見れば午後の5時を回っていた。 「時間は無情だな。いつも何事もないように過ぎていく。」 「・・・有情な時間があるなら誰でも欲しいよ。」 クスリと笑われる。 そうだな。時間に限りがないのであれば、どれだけありがたいことか・・・。 再び空を見上げる。眩しすぎる夕焼けが、時間の無常さを示していた。
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