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ですから、私が彼女を貧民街で見つけて連れてまいりました時も、お優しい旦那様は嫌な顔一つ見せず話を聞いてくださいました。
「ほう。では、その声を聴いてみたいものだ。」
ええ、彼女は貧民街の道端で歌っておりました。
痩せて汚れたみすぼらしい女でございます。
しかし、その声は。
私が聴き、今も促されておずおずと歌い出したその声は。
「おお!」
音には鋭敏な感覚をおもちの旦那様が、驚嘆の声を挙げられました。
そうなのです。
彼女の声は非常に澄んだ高音域で、コロラトゥーラ・ソプラノの硬い声。
まさに、それこそが、細くきつく張り詰めた弦を弾いているかのような声なのでした。
これならば、旦那様の妙なるチェンバロの響きに合うのではと、彼女に金貨を握らせて連れて参ったのです。
金貨は、貧しい彼女にとって、大金でございましょう。
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