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「大丈夫、旅費はある程度負担してあげるよ」
「いやいや、さすがにそんな美味しい話があるわけ」
「ここにあるよ」
少女が私の言葉にかぶせるように断言し、思わず黙ってしまう。
少女は真面目な顔をしている。そこには嘘をついてるようなそぶりは一切ない。もっとも、本当に詐欺ならこの子は本当のことだと信じ込まされているのだろうが。
「うーん……」
どうするべきかと思案する。面倒な話に巻き込まれた気がする。
少女の中ではどうやら、美味しい話がある事が事実のようだし、いくら否定しても水掛け論にしかならないだろう。
最善策は警察に連絡だろうか。だが、それはそれで余計に面倒な事になる気がする。そもそも、「不審な幼女に、旅行に連れて行ってあげると話しかけられている」と通報して、彼らはまともに応対してくれるだろうか。いや、絶対にない。
目を閉じて思案する。
「面倒だ、このまま逃げてしまえ」と、私の内なる怠け者が叫ぶ。
「詐欺グループ(仮)と関わるなど冗談じゃない」と、それに同調して自身の理性が叫ぶ。
最も私にだって一応正義感はある。「本当に詐欺グループ(仮)に利用されているとしたら、それを見過ごすのか? それでも男か!?」と、脳内で高らかに反論している。
ああだこうだと、心の中で議論をしながら、再び少女を見る。
少女は期待するような目で、私を見つめている。
その目をみて、結論はでてしまった。
「……そんなに言うなら、話に乗ってみようかな」
そういうと、少女は嬉しそうに笑った。
「ほんと? じゃあ、アイス食べ終わるまで、ちょっと待っててね」
珍しく正義感に軍配が上がった。
どうせ暇なのだ。今日も無為に終わらせるくらいなら、たまには冒険をしてもいいだろう。人気のない妙な建物に入りそうになったら、即座に警察に通報すればいい。
少女がアイスを食べ終わる。
コンビニの前のゴミ箱にバーを放り込み、それから私を見る。
「じゃあ、じっとしててね?」
少女が手を私の方に向け、目を閉じる。
謎の行動に訝しんでいると、開いたその手の前に、空中に、蒼色に染まった幾何学模様が現れた。
「……は?」
口から間抜けな声が漏れる。
目の前で起きている事象に頭が追い付かない。
旅行は? 連れていってあげるという約束は? 詐欺グループ(仮)は?
どうしてそれらと全く関係なさそうな、手品が始まったのだろう?
やがて同じ少女の手のひらに浮かぶそれと同じ模様が、私の足元に現れる。
謎の複雑怪奇な模様は、地面の上で拡大し、私をすっぽりと覆うほどになる。
すごい手品だ。手品というよりパフォーマンスだろうか? どこからかは全くわからないが、少女の動きに合わせて映像を投影しているのだろう。
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