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「ほれ、まずはおしぼりな」  トイレのドアの所で、さっきの男が待ち構えていた。手には適度に冷ましてあるおしぼりがある。それで手や口元を拭うと、少しだけさっぱりとした。 「水も少し飲んだら。楽になるから」 「いい…」 「人の忠告ってのは、聞いとくもんだぞ。少なくとも俺は、お前よりもこういう失敗多いからな。楽になる方法も、ちゃんと知ってる」  強引に出された水を口に含み、少し口をゆすぐ。口の中もさっぱりしたところで、改めて一口。とても、気持ちがよかった。 「タクシーは乗れないだろ。多分、また具合悪くなるぞ。少し夜風に当たろうぜ。今日は梅雨の晴れ間で、いい風吹いてるからな」  男はまた、俺の脇を抱えて強引に連れ出す。抵抗は…ほぼ無意味だった。  外は確かに、気持ちのいい風が吹いていた。火照った肌にひやりとするが、このくらいが心地いい。 「家、遠いのか?」  俺は答えなかった。見ず知らずの男に何故そんな事を言わなければいけないのか。元々機嫌が悪い事もあって、俺はだんまりを決め込んだ。  だが、男は俺が黙ったのをいいことにどんどん足を進めていく。酔ってフラフラの俺は、素面の男に抵抗する力がない。  そのうち、少しだけ怖くなってきた。行先も分からない、誰かも知らない相手に、連れて行かれる。店からだいぶ離れた、知らない場所で俺はようやく足を止めようと踏ん張った。 「気持ち悪くなったか?」 「ちが…」 「あぁ、やっと醒めてきて怖くなったか?」  言い当てられた事に、俺は動揺した。男が、ニヤリと笑う。危険な感じがして、逃げようとしたが周囲に人はいない。車の一台も通っていない。  焦った俺は、だが次の瞬間に男がやんわりと笑ったのに、驚いて声を上げそこなった。 「とりあえず、何もしないよ。ここから、後数メートルで俺が使ってる隠れ家がある。ベッドもシャワーもあるから、泊まってけ」 「うさんくさ…」 「じゃ、自力でタクシー呼んで帰るか? 正直その様子で車乗ったら、気分悪くなって途中下車だぞ」  『帰る』という言葉に、俺の思考が止まった。
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