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帰る? 家に、また一人になる。具合悪くて、最悪で、その上また一人で悶々と考える一日を過ごすのか?
「…帰りたく、ない」
小さく、絞り出すように言った言葉を、男はしっかり聞いていただろう。そこからは何も言わずに、俺をその隠れ家とやらに引きずって行ってくれた。
男の部屋は2LDKの、センスのいい家だった。
入ってすぐにソファーに転がされた俺は、動くのも億劫になって無言のままでいる。
何も考えたくない。何も感じなくなれば、色々解決するようにすら思える。まずはこの醜態だ。自分が情けなくて消えたくなる。
そして、相変わらず底の方に渦巻いている痛みだ。
コトッ
ガラス天板のローテーブルに、水の入ったグラスが置かれた。視線だけを上げて男を見ると、穏やかな表情で見下ろしている。
「飲めよ、楽になるから。少し食べられそうなら、果物でも切るよ」
「…あぁ、食ってなかったな」
ぼんやりとして、俺は言う。心の声なのか、何かの受け答えなのか、もうはっきりとしていない。
「食ってなかったって。もしかして、空きっ腹に酒入れたのか?」
出された水をチビチビと口に含みながら、俺は頷く。よく覚えていないけれど、今日は食べた記憶がなかった。
一瞬、男に睨まれた気がした。次に、男はその場から消えて、キッチンへ。冷蔵庫から何か取り出している。
少しして出てきたのは、果物の盛り合わせだ。グレープフルーツに、リンゴ。
「少しでもいいから入れろ。あんた、本当にあそこの常連か?」
常連ってほどでもない。月に一~二度、たった三年のつきあいだ。
出された果物に手を伸ばし、口に含む。正直気持ち悪くなるんじゃないかと恐れたが、意外と大丈夫そうだ。しかも一口大に切ってあるから、食べやすい。
男は俺の傍に腰を下ろす。俺はと言うと他人の家なのに、もう何もかも面倒で寝そべったままだ。醜態なんぞもう、この男に対しては晒しすぎて怖くもない。
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