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失恋をした。
いや、失恋をしたことを、知ったのだ。
何とも間抜けな事に、それなりにショックを受けている。
そんな資格すら、ないというのに…。
俺の人生は、これでも納得できるものだ。
一流大学を出て、望んだ企業に就職した。同期を抜いて、現在は社長秘書だ。
高級スーツを着て、好みの車に乗り、一等地のマンションに住んでいる。
サラリーだっていいだろう。
ただ、それだけだった。
『少しきつい』が、控え目な俺の評価だろう。本心では『お局』辺りだ。
言葉がきつい。性格は言葉と同じく。
けれど、同じくらい努力もしている。
企業にとって優秀とされる人材の手本のように、勉強し、地道なツテ作りに励み、成績を残してきた。それに対して嫌味を言われる筋合いはない。
だが、プライベートの付き合いがない事は、確かだった。
恋愛は、一応ある。
今となっては、あれが恋愛と呼べるのかが疑問に思えるが。
求められ、応じて付き合って、それなりの形があったのは確かだ。
だが、すぐにそれは終わってしまう。女性曰く、『真剣じゃないのね』という事らしい。
そうだったのだろう。実際、別れても未練なんてなかった。
そんな俺に、上司の加賀地は困った顔でよく笑う。何でもなく仕事をしている俺に、『お前はもう少し落ち込みなさい』と説教するのだ。
そしてそんな日は決まって、仕事上がりに飲みに誘われる。
行くのは加賀地行きつけのバーだ。こじんまりとしているが、雰囲気がよく、酒も美味い。
バーテンの牧山も、決して必要以上に踏み込まない、心地よい空気を作ってくれる。
俺は、ここでの時間が好きだった。
話すのは何てことはない、世間話だ。
プライベートな時間の過ごし方。最近気に入っているもの。どうして彼女と別れたのか。そんな、近い距離の話。普段はこういう話が苦手だが、なぜか彼には話せた。
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