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あぁ、この顔も見たことがない。
軽い男の、真剣な顔。改めてゆっくりと、でも存在感を隠さずに近づいてくる。俺の髪をかき上げて、間近で、真っ直ぐに見つめる男は、とてもいい男に見えた。
逃げる隙はあっただろう。不意打ちでもない。拒めばこの優しい男は止めただろう。
でも、なぜだろうか。俺も、受け入れるつもりでいた。
深く繋がる唇を受け入れる。困った事に、俺は身を委ねていられた。不安はなく、穏やかで、温かくもあった。不安に跳ねた心臓は、今は違う意味で鳴り響く。
俺は多分、今けっこう幸せだ。
「止めるなら、今だけど?」
「止めるのか?」
「あんた、そんなに挑発的だったっけ?」
困った顔の明家は、だが止める気なんてさらさらない表情をしている。それでもこいつは優しいから、俺が怖気づけば止めるのだろう。
そんなに、半端な覚悟でこんな事はできないというのに。
「鉄は熱いうちに打てと、言うだろ」
「後で泣き見るぞ」
「その時はお前が責任とれ。それもしないつもりで、俺に声をかけたのか?」
「…いいや」
男の顔が見えてくる。こんなにも、男前の顔をしていただろうかと、驚かされる。俺は、どんな顔をしているだろう。
「あんたが欲しい。ってか、そんな色っぽい顔で挑発されたら、俺も我慢できないよ」
「我慢する気もなかっただろ」
安心した。俺は、ちゃんと笑えている。ちゃんと、幸せだと相手に伝えられている。俺の気持ちは、こいつに伝わっている。
甘く囁きかけられる「愛してる」に酔いしれて、俺はようやくたった一人を、手に入れる事ができた。
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