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何もする気が起きない、そんな珍しい週末を過ごし、出社する。
いつも通り、少し早目に出てコーヒーを淹れ、加賀地の一日のスケジュールを確認後、メールの処理をするつもりでいた。
だがこの日、俺よりも先に加賀地がいた。妙に、幸せそうな顔で。
『おはようございます、社長。どうしたんですか、こんなに早く?』
『おはよう。実は、佑に報告しておきたい事があってね』
表情から、悪い報告ではないと分かる。けれど俺にとっては、どうだ?
『どうしました?』
やめればいいのに、俺は聞く。聞くべきじゃないと、どこかで警鐘が鳴っただろう。それなのに、無視した。
多分、俺の中にあるこの不安定な状況に、ケリをつけたかったのだと思う。
『恋人が、できたんだ』
俺の中で、何かがひび割れた音がした。表情が、死んでいる気がする。幸せそうな人を前に、今にも死にそうな顔をしているんじゃないかと、不安になる。自分が笑えているのかも、分からない。
『それは、よかったですね。この間の食事、上手くいったのですか?』
『あぁ。佑には、本当に感謝しているよ』
『ちなみに、お相手って…』
心臓の音が大きくて、うるさくて、止まってしまえばいいと願った。よせばいいのに、相手の事を聞いていた。そんなの聞いたって、現状が悪化するばかりなのに。
加賀地は、どこか恥ずかしそうに笑う。そして、実に意外な人物の名を口にした。
『牧山、なんだ。もう、三年以上誘い続けていたんだが、ずっと断られていてね。でもようやく、実ったんだ』
眩暈がした。加賀地に恋人ができた。しかもその相手は、よく連れて行ってくれたバーのバーテンだなんて。
気づくべきだった。もう、三年も片思いしているというなら、何か気づいただろうに。
言われてみれば、何度かそういう空気を感じた事はあった。濃厚というか、親密というか。
『気持ちが悪いと、思うかい?』
加賀地の、辛そうな表情を俺はどんな顔をして見ていたのか。顔の筋肉がこんなにも動かないのは、初めてだった。これでも外面はいい方なのだが。
『佑、これだけは信じてくれ。遊びじゃなくて、本気なんだ。好きになった相手が、たまたま男だったんだ』
『…信じます。だって、貴方はそういう人だと、俺は知ってますから』
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