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紅い雪
大量の雪煙に襲われ、顔半分埋もれていた影親は、激しくむせながら意識を取り戻した。身を縛っていた縄も、どこぞへ押し流されたか。
そこは真っ白な、不毛の大地。
だが――
「雪が……よけている?」
雪の大波は、影親のいるあたりをよけて、ぱっくりと割れていた。
「燐……」
雪崩に襲われる間際に見た、真っ白な着物姿の燐を思い出す。
だが燐の姿はどこにもない。
燐どころか、何もかもが雪にのまれたのだ。
一面、目がくらむほどの、白銀の世界。
しかしその一色の中に、唯一、別の色があった。
影親の目が釘付けになる一方で、それを見たくない衝動に駆られる。
一筋の、紅い雪。
雪煙となって中空に散ったとき、影親の前に風とともに現れたとき、そこには一筋の紅い雪――大地に流れ出た燐の鮮血があった。
それが影親の前にある。
白い着物姿の燐が立っていた、その場所に。
雪に足を取られながら駆け寄ると、紅い雪と、こんもりとした小さな雪山があった。
「お前……中身は人と同じって言ってたじゃないかよ。こんな、素っ気ない姿になりやがって」
雪が血肉や臓腑に変化しているのだと言っていた。
「熱かったろう。熱すぎて、変化が解けてしまったのか? だから雪に、戻ってしまったのか?」
もう、人の姿には戻れないのか?
雪鬼女は死ぬと雪に還る――
以前、そう言っていた燐を思い出す。
小さな雪山をかき抱く。
燐の体と、同じくらいの大きさの雪山を。
「燐、すまない。お前を……火で死なせてしまった」
鬼に、してしまった。
「燐、どうして……」
どうして俺を殺さなかった。
どうしようもない怒り、悲しみ、寂しさ、虚しさ、やるせなさ……。あらゆる負の感情が、一気にあふれ出た。
「う……っ」
誰もいなくなった山々に、影親の咆哮だけが木霊していた。
影親――
そう呼んで、白い着物姿で振り向く燐が、脳裏に浮かぶ。
「……いや、最期は俺を守って逝ったのだ。そうだな、燐」
今度は自分が守ると言っていた。
「ならば俺も、約束を守ろう」
その雪山から雪をすくい、口に含んだ。
舌の上で雪が溶ける。
飲みこむと、冷たさが喉をたどり、胃の腑へ落ちた。
飲みこんだそれは、やがて肉体の一部となるだろう。
「ずっと一緒だ、燐」
「燐、もう村を出るぞ」
村の外れの小高い丘に立つ。
「なつめ殿と離れてしまうな」
何もない真っ白な大地へと化した村を臨む。
「寂しくはないか?」
返事はない。
「何か言え阿呆」
初めて出会ったときの、心を閉ざした少女の顔。あえて影親に一線を置いていた、真之介の顔。心の枷が取れて伸びやかな笑顔を見せた、燐の顔。そして影親を守るため鬼と成り、雪煙と成り、白い着物姿で再び現れた、燐――
隣に燐がいない。
そのことに、ひどく違和感を覚える。
いつの間にかこんなにも燐の存在は、深く、大きく、影親の中に在った。
だが独りになったわけではない。
「行くか、燐」
影親は村を振り返ることなく、歩き出した。
影親と一緒に行く――
燐の声が、聞こえた気がした。
――了――
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