雪ん子

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雪ん子

「旦那、そりゃ雪ん子だよ」 「雪ん子? なんだそれは」 小さく粗末な庵に、狩りを生業としている男が二人。一人は髭に白いものが混じり始めた中年で、名を吉兵衛(きちべえ)といい、もう一人は若い男で名を影親(かげちか)といった。 二人は囲炉裏を囲み、影親が八年前に出会ったという少女の話を肴に酒を酌み交わしていた。 「その後その子はどうしたんで?」 「いつの間にか姿が見えなくなった。ひどい吹雪ではあったが、目の前にいたはずなのに不覚にも見失った」 詳しくは語らなかった。 影親はもともと多くを語る気性ではない。 単に吹雪の山で白い着物の少女に出会ったとだけ言い、猟師に狙われていたくだりまでは語らなかった。 「雪に身を隠したんだ。間違いねぇ雪ん子だ。雪ん子ってぇのは文字通り雪の子だ。雪から生まれる。人間じゃねぇ。雪ん子は成長すると雪鬼女(ゆきめ)になる」 「ゆきめ?」 「女の姿をした化け物さ。旦那はよその土地の者だからわかんねぇかな。このあたりでは雪の化け物を雪鬼女と言うんだ」 「何か悪さをするのか?」 「雪ん子のうちは雪をちらつかせる程度しか力はない。だが雪鬼女は違う。雪の操り方を覚えて災いを招く」 「災いか」 「そうだ。雪鬼女がいる村は必ず大雪や雪崩に見舞われる。死人だって出る。雪鬼女を見つけたら容赦しねぇ。殺さねばこっちが命取られちまう。雪ん子だって見つけたらその場でズドンだ」 吉兵衛が両手で銃を撃つ真似をした。 血に染まった白い着物、猟師と少女、銃口、虚ろな目――八年前の光景が一瞬で怒涛の如く押し寄せる。 「このあたりの者は皆そういう考えなのか?」 「そうだな。この村はもともと雪深かったが、ここ数年は本当に容赦なく降りやがる。雪鬼女の仕業に違いねぇって話だ」 酒をわずかにすすり、吉兵衛が続ける。 「冬が長ければそれだけ陰気臭くなる上に畑の物もろくに育たねぇ。屋根は雪の重みでぶっ壊れる。雪かきだって年寄りにはきつい仕事だ。近頃じゃ田畑を捨てて伊達の方に逃げた奴もいるって聞くな。それだってうまく生き延びてんだかどうだか……。ま、いいことなんてねぇよ。だから――」 影親を見る吉兵衛の目が、ぎらりと光った。 「災いを呼ぶ雪鬼女は早めに()らねばならねぇんだ」 「へえ……」 曖昧な相槌を打ちながら影親は酒を口に運んだ。椀の酒が波紋を描くのをじっと見つめる。吉兵衛が「化け物」と気軽に呼んでいたのが少々カンに障った。 「近頃はまた雪がちっとも止みやしねぇ。雪鬼女が里に降りてんのかも知れねぇな。八年前の雪ん子も、今じゃ雪鬼女に成長しているだろうさ。いい女らしいぞ雪鬼女は。旦那、たぶらかされて魂取られないように気ぃつけぇや」 ゲヘゲヘと下品に笑う吉兵衛をよそに、影親は酒を一気に飲み干した。 八年前と同じ村に戻ったせいか、はたまた降りしきる雪がそうさせるのか、あの時の少女の顔がしきりに思い出された。 一緒に来いと言った時、少女の虚ろな目には確かに光が宿った。あの少女はどうして姿をくらませてしまったのか。一緒に来たかったのではないのか。 今、あの少女はどうしているのだろうか。
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