A Pacifist

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─────  その日、ネバルは床に就きながらも、なかなか眠る事が出来なかった。親切なご婦人の家の、使われていない一室。借りたベッドは寝心地が悪い訳ではなかったが、どうせ普段から、まともな寝床など使ってはいない。むしろ背中に当てるものは固い方が落ち着いて感じられる。  小さな窓から射す月明かりは、ネバルの疲れた瞳をおぼろげに映し出していた。見慣れた月夜は青緑がかっており、健康なサンドラル人のそれによく似ている。どこまでも薄汚い自分とは大違いだ。それでも彼女は構わなかったが、僅かでも一般的な日常に溶け込んだ今日は、何だか違和感に感じられて、それを眺めるのが少々苦しかった。 「……まだ、起きてるかしら?」  そんな時、戸を軽く叩く音が響き、婦人の優しい声が聞こえてきた。返答代わりに、ネバルはのっそりと起き上がり、靴を履いて室内を横切るように歩く。戸を開けると、慎ましい電灯に照らされた、女主人の姿があった。 「貴女も、眠れないみたいね……どうかしら、一杯」  ネバルの疲れた瞳と向き合って、彼女はそう尋ねる。それにネバルが小さく頷いて答えると、彼女は柔らかな笑みを浮かべ、付いてくるようにと背を向けた。もう孫の少年は寝息を立てており、静かに家の中を歩く。  すると彼女は、例に漏れず古びた一つの扉の前に立ち、静かにそれを開けた。錆びた蝶番が異音を立てるが、少年を起こすには足らないだろう。扉の奥には二階に続く階段があり、両側に迫る壁を手すりに祖母は上ってゆく。その小さく丸まった背中を追い、ネバルも二階に出た。どこか落ち着く匂いがし、祖母は電灯をつける。  その光景に、ネバルは一瞬言葉を失った。もともと口数は少ないが、この場合は驚嘆の表れだ。この家としては広めの二階には、壁に大量の棚と、そして酒瓶が並んでいたのだ。 「驚いた?……昔、主人が酒屋をやっていた頃の名残でね……」  そう語りかける祖母の目が、今までにまして優しげな物となっていた事にネバルは気付いた。一見して豊富な種類の瓶の数々は、商いの年季というものを感じさせる。今の彼女の雰囲気からして、それほど大きな店でも儲かっていた訳でも無かろうが、貴重な思い出が包含されている。ある意味で荘厳な場である事を、ネバルは温かさの中に感じ取った。 「今晩は、貴女の趣味に合わせましょうか……どんなのがお好み?」
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