A Pacifist

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 その問いに、ネバルは迷った。目の前には、聞いたこともないような銘柄の酒が幾つも並んでいる。ただその光景に圧倒されるばかりで、選ぶも何もない。  ただその時、ネバルの目の中にそれはぱっと引っ掛かった。数ある酒の中から“葡萄酒”の棚の下にあったそれを、ネバルは身を屈ませて探す。容易く見つかったそれを、彼女は恐る恐る持ち上げ、婦人の前で抱えた。 「……まあまあ、わざわざそれを選ぶ人がいるなんてね……まあいいわ、開けましょうか」  ネバルのセレクトに、彼女は正直面食らったような表情を浮かべていた。しかしすぐに柔和な笑みに戻ると、砂色のラベルに『RED BUTTERFLY』と印字されたそのボトルを受け取った。  そのままテーブルにネバルを招き、彼女は年代物のオープナーを取り出した。掠れた字と刻印が見えるあたり、名のある品なのだろうか。続けて二人分のグラスを取るが早いか、慣れた手付きでコルクを抜く。  部屋の中に熟成された香りが漂い、特有の落ち着いた雰囲気の中で、グラスに鮮血のようなそれが注がれた。二つのグラスに満たされる深紅の液体を座って眺めながら、ネバルはやや厭らしくもあるその匂いに、妙な安心感を覚える。平生よりネバルが飲み慣れ、溺れつつもある、その酒だったのだ。 「さ、乾杯といきましょうか……申し訳ないね、つまむ物がなくて」  おもむろに腰掛けつつ婦人は言い、大人しく座っていたネバルは軽く首を振って答えた。互いの目が向き合い、晩酌の空気が生まれる。親子ほどに年の離れた二人だが、婦人は境遇的に似たものを感じ取り、純粋な行為を示したかったのだ。そして互いにグラスを取り、乾杯の合図とばかりに優しく鳴らす。カチンという高い音にワインが揺れ、いよいよ口へと運ばれようとした。  ちょうどその時、一階の方から音が聞こえてきた。扉を叩く音のようだが、夜中にしては、随分と不躾な叩き方に聞こえる。二階にも十分響く耳障りな音に、二人は直前でグラスを置いた。 「誰かしらね、こんな時に……見てくるわね」  苦笑いを浮かべながら婦人は席を立ち、やや早足に扉へと向かって、階段を降りる。玄関を叩く音は、まだ聞こえている。  急かされるように彼女が玄関扉を開けると、そこには二人組の男が立っていた。一見して分かる、市内の巡回兵の格好をしていた。
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