御注文はあなた

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 このまま会社に留まり、ゆくゆくは生涯の伴侶を得て、幸せな家庭を築く。  大きく心が揺らいだ。  でも……自分は……。 「あらあら、起きちゃったの?」  奥様の声に顔を上げると、扉の隙間から覗くつぶらな瞳と合う。 「末娘です。ちょっと風邪気味で」  説明しながらも少女に素早く近付き、「どうしたの?」と奥様は声をかける。  二人の会話は詳しくは聞こえなかったが、私は思わず笑みを浮かべていた。  手を引かれ、少女は母と去って行く。ピンクのパジャマ姿に抱き枕。微かに顧みた幼い眼差しに、私は手を振る事しか出来なかった。  その時、係長がトレイを手に戻る。家人の不在を不思議に思っているのが表情から読み取れたので説明した。  順に置かれていくコーヒーカップ。ミルクピッチャー、シュガーポット。そして、可愛らしい耐熱カップ。  戻った奥様にホットミルクを託す係長。再び笑顔で場を去る奥様。  そんな過去の温かい思い出が甦り、私は穏やかな気持ちになった。
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