御注文はあなた

2/12
前へ
/14ページ
次へ
 完全閉店した店内は閑散としている。皆、屋上での打ち上げに向かったのだろう。 「店長……」 「いけないよ、莉乃(りの)君」  私は年甲斐もなく狼狽した。 『パティシエになりたい』  小学生の女の子が将来なりたい職業、ベストスリーに入る人気職種。そんな発言をした私を当時の上司は驚いた顔で、まじまじと見た。 「日下部(くさかべ)君、本気なのかい?」 「はい」  さっと出したのは白地に退職願と達筆で書いた封筒。自慢ではないが書道八段だ。しばしの沈黙の後。 「気持ちは変わらないんだね?」 「今まで御世話になりました」  入社した時から何かと目にかけてくれていた上司は、ありがたい事に残念そうにため息をつき、次いで優しく笑む。 「応援しているよ。頑張りなさい」  最後は、そっと背中を押してくれた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加