御注文はあなた

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「からかわないで下さい」 「私は本気ですっ!」  ずいっと間合いを詰められ、思わず後ずさる。柱に触れ、絶体絶命が背中から伝わってきた。  しまったと後悔したが、もう遅い。退路は断たれた。 「店長……」 「いけないよ、莉乃君」  暗がりでもわかる潤んだ瞳。 「初めてお会いした十年前から好きでした!」 「え……?」  一瞬、脳内が真っ白になる。 「十年前? 私が莉乃君と知り合ったのは確か三年前では……?」 「店長。田中って名字に心当たり、ありませんか?」  正直よくある姓だ。 「田中……田中……あっ!」  思わず声を上げる。 「まさか……」 「やっと思い出してくれました?」  にこりと笑うその顔に、幼い少女の面影を見た気がした。  十年前に勤めていた企業。お世話になった恩を仇で返すような辞め方をした青い自分。 「田中係長の?」 「はい。父が店長によろしく伝えてくれと申しておりました」
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