壱日目

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少し離れたところに人の形をしたシルエットが見える。 それは俺を歓迎しているようにも、俺にこれ以上近づくなとも言っているようにも見えたが、俺が選べる選択肢は生憎1つしかない。 近づくとそれが男のもので、50歳代位の老人と呼ぶにはいささか抵抗を感じるような人物であることがわかる。 男は俺を視界にいれると、マニュアルの1つであるかのように折り目正しく腰を折る。 「ようこそ、『crimson cage(血塗られた檻)』へ」 そう言いながら眼光だけがやたらと厳しい初老の男性が手を差し出してくる。 態度と口調だけがやたらと丁寧だが、それがあくまで俺に向けてやっていることでないのは丸わかりだ。 「今日はよろしくお願いします」 なるべく緊張を感じさせないようにと一呼吸置いたつもりであったが、握った手には無駄に力が入り、相手の温度を必要以上に感じ取ってしまう。 温かさも冷たさも感じることがない感触はただただ気味が悪くて、こんな場所にいるからかどうしたってそんな偏った感想になってしまう。 すっと持っていたものの1つを差し出せば、それは違うと言わんばかりに首を横に振られる。 「話は伺っています。こちらへどうぞ」 顔は笑っているけど、それが笑っているのではなくただ笑顔を張り付けただけの表情であるのは、勤務歴が少ない俺でもわかる。
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