第1章

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昔、重罪政治犯を収容した監獄がたった一人の少女の手によって壊滅に追い込まれたことがあった。 少女は一人で囚人14人と獄卒23人、それから監獄の所長とその秘書を殺し、仕舞いに監獄に火を放ったという。 たった一人の少女が1つの監獄を灰にして消し去ったという事実は素早く帝国中枢部に伝えられ、少女を捕らえるべく人が送り込まれた。 ちょうどこのとき、帝国はあちこちで紛争が勃発し、民族独立の気風が高まっていた。 そのため、少女の行為は帝国にあだなす何者かによって仕組まれた可能性があり、見過ごすことはできなかったのだ。 何故少女がそのような行動を起こしたかということも疑問視されたが、そもそも、重罪政治犯用の監獄に何故少女がいたのかという点も一つの疑問点として浮上する。 その監獄は成人男性用であり、少女が収監されるということはあり得ないはずなのだ。 一般の兵がその真相を知ることはなかったが、帝国中枢部は一つの確信を持っていた。  事情を知らなかった一人である、派遣兵隊長のリヒャルト・サエキは、まだ見ぬ少女の姿を思い浮かべながら、崖を掘って作られた洞窟式の監獄を眺めた。 洞窟の入り口は酷く焦げ、奥からは人の肉が焼けたときの脂っぽい臭いが漂ってくる。 洞窟の中の人間を殺すには、少女がやったように、火を放つのが一番いい手立てだ。 人を奥に集めて入り口付近に火を放てば、逃げ道が必然的に失われる。 薄暗く焦げ臭い洞窟を奥へと進んだサエキは、一番奥のスペースに人骨が焚き火のための枝のよう積み上がっているのを見て確信した。 少女の行動は訓練された兵のそれで、迅速で合理的なこの判断は少女が下せる類いのものではない。 そうなると、背後に誰かがついて、少女を使っていた、ということになる。 首の後ろを駆け上がるざわりとした悪寒をふりはらい、サエキは腰に下げた銃に指先を添えて辺りを見回した。 監獄の近くの村人の話では、事件のあと見慣れない少女を見かけたということはなく、村人の話を信じるのであれば、少女はまだこの焦げ臭い洞窟内にいるはずだった。 しかし、死人の気配はすれど、生きた人間の気配が全くない。 人はこうも気配を消せるものなのかと、兵の誰もが不安に思った。 隊長であるサエキも例外ではなく、彼は心臓が落ち着かなく騒ぐのを何とか抑えようとしなから、注意報深く周囲を観察した。
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