ログインするまでに起きた事

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元治元年6月―――――――西暦でいう1864年の京都。ここで私にとって心底恐怖する事件が起きていた。夥しい血の量と匂い。刀と刀が交わる音に闇を蠢く人影。 誰と誰が斬りあいしているかはわからなくても、音の激しさから相当激しい戦闘だったと思われる。そして、自分がいる部屋とは別の場所で起こっている出来事なのに、ここまでリアルに音が響き血の匂いが充満しているのがその証拠だ。 口を塞がれ身体を拘束されていた私は、ただそこで恐怖に怯えて、時が過ぎるのを待つ事だけしかできなかった。後に知る事となるが、その事件は“池田屋事変”として文献上に名を遺したのである。 「失礼致します」 襖の前でそう口にした男性が、中の確認を取って襖を開ける。  この人達…新撰組のお偉いさんって所? 『…そのようね』 入って部屋の中には、幹部と思える男達が数人いた。 きっと各隊の隊長なのだろう。 「こいつが…池田屋にいたという娘か」 「…はい」 部屋の上座辺りに座り、丹精な顔立ちをして男性の問いかけに、私をこの部屋に連れてきた男性・山崎烝(やまざきすすむ)が頷いた。 「…何だって、長州の奴らはこの娘(こ)を拉致していたんだろうね?」 「監察方の話だと、この娘と似た顔立ちの者があの夜、他の浪士らと共に池田屋へ入ったという目撃情報があったらしい」 それを皮切りに、部屋の周囲に座っていた幹部達が一斉に話し出す。 誰が誰かは全くわからないのでヴィンクラの百科事典で調べたかったが、今の私は腕だけ縛られているので操作をする事ができない。  そして何より、この中にはログイン相手の男性がいない… 私は声だけを聞いて自分のログインした相手を割り出そうとしたが、ここにいる男性らの中で、誰一人として同じ声の人間はいなかった。 『今回のパスワードである“犬”を、“そいつ”は“幕府の犬”とののしる事でログインできた。…もしかしたら、今ここにいる奴らと敵対している奴なのかも…?』  そうだね… サティアの呟きに、私は心の中で答えた。今この場にいる人達が何者かはわからないが、彼らが新撰組の人間である事は、サティアが話してくれた手がかりで何となくは理解していた。
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