氷の女神

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 だがこんな所にも教会はあった。 あきれる程質素な教会だった。 トルキスタ聖教の三つ又槍のモニュメントが屋根になければ教会とわからないほどに粗末で、堀っ建て小屋同然だった。 教会なのに石造りでもレンガでも白壁でもなく、寄せ集めの板張りで、塗装すらない。 廃屋と大差ないが、しかし庭や建物の清掃は行き届いていた。 それゆえ、周りと比べて明らかに目立った。  この教会にはまだ彼の噂が届いてないのか、無警戒だった。 粗末な門を開け、小さな庭に入る。 ささやかな花畑がある。 玄関の扉は古く、割れたのを修理してある。  武骨な手で、触れたら壊れそうなノブを回し、押し開ける。  床鳴りのひどい板張りの礼拝堂には、左右一脚ずつ五列、合わせて十脚だけ、不揃いの粗末な椅子が並ぶ。 誰もいない。 「誰かいるか」  野太い声で呼ばわる。  小さな悲鳴が聞こえて、パタパタと足音が奥からして、奥の扉から顔を出したのは、尼僧用の地味で粗末な灰色の法衣をまとった、リーファだった。 「何故お前がここにいる」  シ・ルシオンはずかずかと大股で法衣姿のリーファに詰め寄った。 すると彼女は強烈に、発作的なほどに顔を引きつらせ、首を左右に振り、ガタガタ震えながら後ずさりした。 「いや、いや、やめて」  しかしシ・ルシオンは容赦なく詰め寄る。 「リーファ、あの時いった筈だ、足手まといだから来るなと」  リーファは追い込まれた弱い獣のように激しく震えている。 「やめて、いや、私は、違う。  違う。  いや、いや、リーファ様じゃない」 「何?」  リーファ、にそっくりな女は、震えて泣いている。 シ・ルシオンには、リーファにしかみえない。  シ・ルシオンは詰め寄るのをやめ、女が落ち着くのを待った。 しばらく女は、異常なほど怯えていたが、やがてシ・ルシオンに悪意がないと悟ると、少しずつ落ち着きを取り戻した。 「も、申し訳ありません」  女は床に座り込んだまま、小さな嗚咽混じりの声で、ようやく話した。 「お前はリーファではないのか?」 「とんでもございません。  リーファ様は、あちらにいらっしゃいます」  女は祭壇を示した。
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