氷の女神

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 シ・ルシオンに、幼い頃の記憶はない。自分がどこで生まれ、どうやって育ち、どうやって剣を学んだのか、今となっては誰も知らない。  彼は、自分が何者なのかも知らない。  ただ忽然と戦場に現れ、戦い始めた。 それが彼の始まりだった。 おそらく十代終わり頃の事である。  彼が初めて戦場に現れたのは、ホルツザムが南に隣接するゴルトに攻め込んだ時。 二十年ほど前のことになる。  彼はゴルト軍の傭兵部隊にいた。 気が付けば彼は突撃する集団の中で走っていた。  敵将はホルツザムの猛将バルザムだと、後から聞いた。 ゴルト軍は弱かった。 あっという間に周りが倒れていく。 しかしシ・ルシオンは一人奮戦した。 何人斬ったかわからない。 当時から身の丈を超える剣を振り回し、無敵だった。  彼は戦場で重宝された。 正規軍にも誘われた。 だが彼は興味がなかった。 ただ戦い、敵を皆殺しにする。 過去も未来もどうでもいい。 ただ一人戦うことだけを求めていた。  将軍バルザムは彼をおそれ、彼がいる場所はなるべく攻めないようにしたらしい。 彼の戦場はすぐに減ってしまった。 ゴルトはじわじわと力をそぎ取られ、やがていくつかの城が陥落。 交渉により、ゴルトはホルツザムの支配下に置かれることとなった。  シ・ルシオンはゴルトを去った。  南方のベイシュラ、西方のレザなど、いくつかの戦場に彼は現れた。 どこへ行っても、彼とまともに戦えるどころか、一撃で倒れない人間がほとんどいなかった。 どこへ行っても彼はおそれられ、避けられた。 そうやって彼の戦場は、減っていった。  ある時彼は、望まれてバルダの北東ガラシェという街の反乱部隊にはいることとなった。 ガラシェはバルダの主要民族バルデラから迫害を受けていたルバイヤ族の拠点である。  ガラシェでは歓待を受けた。 酒も女も振る舞われた。 酒を浴びるように飲み、どれだけの数の女を抱いたかわからない。 だがすぐにそれにも飽きた。 それよりも戦場を求めた。 「戦はいつするのだ」 という問いに、反乱軍の首領は曖昧な返事しかしなかった。 「戦がないのなら、俺は行く」 「まぁ待て、今外堀を埋めているところだ、もう反乱は始まる」 「そう言って半年になる。  戦場は他にいくらでもある」  そう言って彼は、ガラシェを立ち去った。
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