氷の女神

6/12
前へ
/12ページ
次へ
 しかし、リーファは食い下がった。 「夢ではありません」  まるで彼女はシ・ルシオンの心の声を聞いたように、そう答えた。 「私の手を、握ってください」  そう言って、リーファはシ・ルシオンの無骨な手を、随分小さく細く見える白い両手で取った。 体の熱を吸い取るような冷たさに、彼は少なからず驚いた。 「私は、こうして、あなたの手を取れるんです。  私は氷の精霊だから、すごく冷たいです。  でも、こうして現世に現れて、あなたの手を取ることもできるんです。  夢じゃないでしょう?  わかったでしょう?  まだわからない?」  シ・ルシオンは、この女がよく判らない。 ただ、彼女が必死に何かを訴えようとしている。 それだけは理解できた。 「私には見えるの。  魔導師マイクラ・シテアが今夜、禁断の部屋に入る」 「お前は何者だ」  射抜く様な目でシ・ルシオンはリーファを睨んだ。 彼は女を信じていなかった。  リーファは顔をこわ張らせた。 戸惑った。 彼女は素直で、今までに目の前の巨人のような対応をされたことがないのだ。  彼女は静かに泣き始めた。 自分が泣き始めたことに驚いてもいた。 「事と次第によっては、今この場でお前を斬る」  さらにシ・ルシオンは追いつめた。 今度は逆に、リーファは深い恐怖を感じた。 「私は、ただ、危ないから、あなたに、助けてほしいと、そう思って」 「そんなわけのわからぬ話を、にわかに信じるとでも思ったか」 「そんな、そんな、ひどい」  彼女は両手で顔を覆い、大きな声で泣き出した。 わあわあと子供のように大声で泣いた。  シ・ルシオンは、泣きじゃくるリーファを燃え上がる眼光で睨み続けた。  だがやがて、深いため息をついて言った。 「そう泣くな」  シ・ルシオンは、ようやく大剣を鞘に戻した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加