4人が本棚に入れています
本棚に追加
「逃がしたか」
シ・ルシオンは低くつぶやいた。
彼は周囲に目を走らせた。
凄惨な光景だった。
数え切れないほどの死体が山積みになっている。
首のない死体が堀の周りにずらりと並び、立ったまま黒こげになった騎士の死体も無数にある。
「これが魔導か」
シ・ルシオンは、まだ煙を上げて燻っている騎士の屍体に近寄った。
溶岩がべったりと全身に張り付き、黒く固まっている。
その部分の鎧は溶け、体も炭化している。
ひどい有様だった。
周りにいる、生き延びた騎士や、魔導師狩りの犠牲にならずに済んだ市民たちは、シ・ルシオンの様子を固唾を呑んで見ている。
大司教が死に、得体の知れないぼろ布の男も去ったが、次はこの巨人が襲うのでは、という顔だった。
「くだらぬ」
低く呟いた。
巨大な剣を背中の鞘に収め、彼は聖堂前広場を横切り立ち去ろうとした。
屍体以外は飛び退く様に道を開けた。
だが一人、彼の前に躍り出た者がいた。
フェリスだった。
「お待ちください」
必死で彼女は叫んだ。
彼女は縄で縛られており、どうやら魔女容疑で連れて来られたらしい。
「何だ」
「この、ひどい有様を見て、立ち去るのですか?
この街を、助けてくれないのですか?
あなたなら、あなたなら」
「俺は俺の戦場へ行く」
シ・ルシオンは、華奢なフェリスを軽く押し退けるようにし、歩みを止めなかった。
が、少し進んだ所で振向いた。
「ここはお前の戦場のはずだ。
その証拠に、お前は司教でありながら、恐らく処女ではない。
野蛮な輩に犯されてもなお聖地にとどまる理由は何だ」
フェリスは鋭く息を吸った。
見る見る苦痛に顔がゆがむ。
「ここはお前の戦場だ。
祈るのに飽きたら、何かやって見せろ」
シ・ルシオンは言葉を切り、フェリスに背を向けた。
もう二度と彼は振り返らなかった。
最初のコメントを投稿しよう!