禁忌

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「逃がしたか」  シ・ルシオンは低くつぶやいた。  彼は周囲に目を走らせた。  凄惨な光景だった。 数え切れないほどの死体が山積みになっている。 首のない死体が堀の周りにずらりと並び、立ったまま黒こげになった騎士の死体も無数にある。 「これが魔導か」  シ・ルシオンは、まだ煙を上げて燻っている騎士の屍体に近寄った。 溶岩がべったりと全身に張り付き、黒く固まっている。 その部分の鎧は溶け、体も炭化している。 ひどい有様だった。  周りにいる、生き延びた騎士や、魔導師狩りの犠牲にならずに済んだ市民たちは、シ・ルシオンの様子を固唾を呑んで見ている。 大司教が死に、得体の知れないぼろ布の男も去ったが、次はこの巨人が襲うのでは、という顔だった。 「くだらぬ」  低く呟いた。 巨大な剣を背中の鞘に収め、彼は聖堂前広場を横切り立ち去ろうとした。 屍体以外は飛び退く様に道を開けた。  だが一人、彼の前に躍り出た者がいた。  フェリスだった。 「お待ちください」  必死で彼女は叫んだ。 彼女は縄で縛られており、どうやら魔女容疑で連れて来られたらしい。 「何だ」 「この、ひどい有様を見て、立ち去るのですか?  この街を、助けてくれないのですか?  あなたなら、あなたなら」 「俺は俺の戦場へ行く」  シ・ルシオンは、華奢なフェリスを軽く押し退けるようにし、歩みを止めなかった。  が、少し進んだ所で振向いた。 「ここはお前の戦場のはずだ。  その証拠に、お前は司教でありながら、恐らく処女ではない。  野蛮な輩に犯されてもなお聖地にとどまる理由は何だ」  フェリスは鋭く息を吸った。 見る見る苦痛に顔がゆがむ。 「ここはお前の戦場だ。  祈るのに飽きたら、何かやって見せろ」  シ・ルシオンは言葉を切り、フェリスに背を向けた。  もう二度と彼は振り返らなかった。
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