禁忌

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 シ・ルシオンは立ち上がり、老人を置き去りにして回廊を引き返した。 外に出ると、まだ夜明け前だった。  翌朝、バザ市中は混乱していた。 大聖堂の正門で警備兵が殺され、さらに大司教がしばらく行方不明だったのだ。 大司教コロネオは地下室で発見されたが、封印が破壊されていたため、騒ぎはさらに大きくなった。  コロネオは怒り狂った。 その日のうちに教皇庁へ早馬を出し、深夜、独断で魔導師狩りを市中に宣告した。 教皇からの下勅なしに行われる魔導師狩りや魔女狩りは、歴史に例がなかった。  夜半過ぎ、大聖堂前に、市中駐在のトルキスタ聖騎士団が、一部の警備兵を除き召集された。 その数およそ二千。 大聖堂前には煌々と篝火が焚かれ、昼のように明るかった。  聖騎士団の前に、鬼の形相をしたコロネオが現れる。 「不逞なる魔導師により、この神聖なる聖地バザ大聖堂の禁忌が破られた!  皆の者、心得よ。  これは聖戦である!  市中に住まう魔導師は勿論、占い師、医者、薬師、娼婦など、少しでも魔との関わりが疑われるものは、全て捕らえ、この場へ集め、神への反逆者として処刑し、その血でこの堀を満たすのじゃ!  よいか、これは神の御為の聖戦である!  見事神に悪辣なる魔の血を捧げて見せよ!」  聖騎士たちは、背筋が冷たくなるのを感じた。 逆上した老人は大司教であり、その命は絶対だった。 それが例え理解できない命令でもだ。 ましてや聖戦と位置付けられている。 従わない場合は、良くて破門、最悪血族皆殺しであろう。  普段たるみにたるんだ騎士たちも、戦慄し、コロネオの狂気が乗り移ったような表情に変わった。  騎士団は、十人ずつの班に分けられ、銘々市中に散った。  程なく、一人目が引きずり連れてこられた。 痩せた中年の男で、夜中だというのに道端で札占いをしていたという。  コロネオはかすれた声で、喉が引きちぎれるほど叫んだ。 「魔を殺せ!」  騎士たちがためらうと、コロネオはたちまち逆上した。 「貴様等は魔に荷担するか!」 「い、いえ、決してその様なことは」 「ならば殺せ! 殺せ殺せぇ!」  騎士たちは震え上がり、占い師を慌ててグサグサ刺した。 ぎゃ、という短い声を上げて、占い師はごとりと死んだ。
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