魔導器

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 あれ程危険を感じたのは、無力な頃はともかく、強い魔導を習得して以来初めての経験だった。 また、シ・ルシオンが現れるまで何の支障もなかったのに、現れた途端、狭間の世界の深い層から魔を引き出せなくなった。 恐らく浅い層からも、不安定だっただろう。 「魔封じか?」  昔、何かの文献で見た気がする。 「いずれ何か考えねばなるまい」  目線を古文書に落とす。 「今はこれじゃ」  小さな決意をした様に一人小さく言い、また解読作業に没頭した。  やがて夏がきた。 魔導師は相変わらず地下室にこもったままだ。 地下なので比較的涼しいが、それでも空調が悪く、不快な季節だった。  魔導師は、古文書を片手に図面や式を書き殴っていた。 目がぎらぎらしている。  それは、紅き宝玉の作り方だった。  彼は、死人の様な色の顔を狂喜に満たしていた。 目が飛び出そうな程見開かれ、紫の唇は右側ばかり上がって、引きつった様な顔だった。  やがて図面は完成した。 彼は近くに置いてあった火酒の瓶を骨と皮だけの手で握り、がぶがぶ呑んだ。 食道が焼けた。 「ひゃははは!  ひゃははは!」  ひどく掠れた声で高く笑った。 「よし、早速作るぞ」  彼は部屋中に山積みされたがらくたを漁り始めた。 彼は、がらくたの山のどこに何があるか、一つ一つ正確に把握していた。 瞬く間に数十の材料と加工用の道具を揃え、雑然と広い机に並べた。 「サソリの毒」 「虎の血」 「水銀」 「硫酸」 「コウモリの眼球」 など、不吉な品物ばかりだ。 ほとんどがごく微量で、気の遠くなる様な細かい作業だった。 調合し、蒸留し、凍らせ、砕く。 複雑な作業は数日続いたが、魔導師は休みなく続けた。
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