魔導器

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 彼はすぐに実行した。 封印は実に他愛なく破れた。 哀れな大司教コロネオは、彼に操られ、封印を解いてしまった。  封印された書庫には、千冊に及ぶ書が眠っていた。 そのほとんどがトルキスタの聖典だったが、一つだけ、書その物に尋常ならざる魔を施した、極めて不吉な気配を感じるものがあった。  マイクラ・シテアは確信した。 「これだ。  これがわしを、更なる高みへいざなうのだ」  彼は笑った。 激しく笑った。 肋骨が折れるほど笑った。  バザのスラム街には、今にも死にそうなやせ細った人々があふれている。 マイクラ・シテアは、そういう材料を探していた。 「殺すのは簡単じゃが、勝手に死ぬのを待つというのは、不便なものよ」  彼は炉端に仰向けで倒れ込んで虫の息の男に近寄り、しゃがみ、その顔をのぞき込んだ。  男は、紫色のげっそりやせ細った顔をマイクラ・シテアに向けた。 途端、その顔は恐怖に歪んだ。 わなわなと力なく震え、声にならない悲鳴を上げた。 逃げようともがいたが、起き上がることさえできない程弱っていた。 彼はやがて、絶望した。 「もっと生きたくはないかね」  赤く光る眼でマイクラ・シテアは男をジロジロ見ながら言った。 「お前はこの宝玉の力で、新しい器を手に入れ、生き続けられる」  マイクラ・シテアはにたりと笑った。  彼の懐から、溶岩が渦巻いている様に輝く、それ自体が魔界の一部であるかの様な、あまりに禍々しい玉が取り出された。 その周りにはちらちらと陽炎が上がる。 「これを埋め込んでやろう。  お前がやがて死んだ時、お前の魂はこの中に格納される。  それを別な器に移せば、お前はまた生きていける」  紅い玉はふわりと浮上り、ゆっくりと哀れな男の胸に落ちた。 じりじりと肉の焦げる臭いがして、男は断末魔の声をあげた。 めりめりと肋の砕ける音がして、紅い玉は男の胸を貫いた。  男はしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。 「死んだか?」  少し不安になって、マイクラ・シテアは男の脈を確認した。 弱いながら、脈はある。
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