氷壁

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 またリーファが、何かしら呟いた。 するとまた轟音が辺りに走り、今度は出来上がった氷壁が崩れ始めた。 崩れると言うよりは、はがれるというのが近い。 表面の凹凸がはがれているのだ。  やがて現れたのは、巨大な、深く透き通った、見事に美しく切り取られた、分厚い氷の壁だった。  さながらそれは、棺だった。 「ありがとう、シ・ルシオン。  あなたのおかげで、古い友人の遺言を果たせます」  リーファは笑った。 「私は当分、ここにいます。  また会いに来て下さい。  ここなら、昼間でも、夏でも、姿を消さずに済みますから」  彼女は氷の壁に近付いた。 そして、まるで水に入る様に、その中に入った。 するりと吸い込まれると、シ・ルシオンに向き直った。 彼女は祈る姿勢になった。  シ・ルシオンは氷の壁に触れた。 まさしく氷だった。 もうリーファには触れる事ができない。 「あなたの剣でも、この封印は破れません。  この聖地は、時が来るまで、封じられたままになります」  シ・ルシオンの思念に直接声が響く。 「俺は、どこへ向かえば良い?」  シ・ルシオンは、大きな声で呼ばわった。 少し風が出てきた。 辺りに積もった粉雪が踊り始めた。 やがて地吹雪になるだろう。 「私にはわかりません。  でも、私には見えます。  ソルドと同じ色と強さを持った者が、再び現れました。  ザナビルクのトルキスタ教皇庁に、彼はいます。  もっとも」  リーファは少し眉間に憂いを漂わせた。 「彼は間もなく戦場へ向かうでしょう」 「わかった」  シ・ルシオンはもうリーファに背を向け、数歩踏み出した。  が、そこで立ち止まり、 「次に来た時、何か欲しい物はあるか?」 と尋ねた。
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