奔走

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 とはいえこれ以降、戦線は徐々にホルツザム領内に入り込む。 ホルツザムにとってザーグ砦での惨敗はそれ程の衝撃だった。  この戦いから半年ほど経った晩秋、ドバイル宛に来訪があった。  その日ドバイルは、丈長で厚手な青い上着に、ゆったりした動きやすいグレーのパンツ姿だった。 少し癖のある長めの髪は、若いのに白髪が目立ち、灰色に近い。 痩せていて、顔色も悪く、薄い唇も色は悪く、見るからに病弱そうだ。 ただ、二重の切れ長な目許は、秋空の様に穏やかで澄んでいて、力強かった。 「トルキスタの僧侶?  知らないな、誰だろう」  砦内の応接室に入ると、自分と同じ三十手前ぐらいの、俊敏そうな金髪の青年がいた。 不敵な、しかし屈託のない笑みが、妙に印象的だ。 「どうも、将軍、私はローブといいます」  聞いたことがある。 トルキスタ聖教の僧侶で、例のバザ大聖堂での奇妙な惨劇を調べた男だったはずだ。 教会は隠しているが、ドバイルの情報網には入っている。 さらには噂だが、あのシ・ルシオンが、ローブの指示のもとで、化け物退治に当たっているらしい。 その結果として、徐々に教会での発言力も増しているという。  ドバイルは目を細めた。 来客は見た目軽薄な印象だが、その陰に剃刀の様な気配が漂っている。 「どうも」 「茶をいただいています。  戦地では、貴重でしょうに」  青年は笑った。 吸い込まれそうな笑顔だ。 それだけに、さらにドバイルは警戒した。 「どういったご用件でしょう、  私は神を信じませんが」  ドバイルはわざと嫌味を言った。 簡単にはだまされないぞ、という威嚇だった。  だがローブは、軽く笑って、 「教会への勧誘なんて、しませんよ。  教会なんて、くだらない」  と言い、そこでたたずまいを正した。 別人の様な真摯さがほとばしった。 「マイクラ・シテアという者がいます」  これも聞いたことがある。 例のバザの惨劇を起こした者だ。
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