奔走

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 そういう意味で、マイクラ・シテアが日々厄介な化け物を出してくるのは、彼にとって幸運だった。 ただあまりに神出鬼没すぎて、困っていた。 伝説のドルアーノの戦車は、日に千里を駆けたという。 夢物語に思えるが、ローブは期待しようと自分に言い聞かせていた。  季節は春の終わり、新緑が眩しく萌える頃だった。 冬の長いガラシェだが、もうすぐ短い夏が来る。  聖地ラダのある山地へ入った。 例によって巨人は平然と、ローブはヘトヘトになりながら、山道を登った。  やがて万年雪が山肌に張付く辺りに差し掛かり、程なくリーファが封じられた聖地ラダに到着した。  よく晴れた夕刻で、半ば雪に埋もれた氷壁が、紅く輝いていた。 空気は冷たく澄んでいて、酷く疲れているローブも、心だけは一息つけた。  二人は氷壁にこびりついた硬い雪を削った。 シ・ルシオンが巨大な剣で荒っぽく雪を払うと、瞬く間にリーファの姿が見える様になった。 「お久し振りですね」  二人の思念に彼女は直接語りかけてきた。 「ドルアーノの戦車ですか」  彼女は顔を曇らせていた。 「あまり思い出したくなかった」 「なんでだ?」  ローブは怪訝な様子で尋ねた。 「魔との戦いで、欠かせない兵器だったはずだ」 「兵器は人殺しの道具よ」 「魔との戦いに使われたんだろう?」 「魔物にも苦痛や死はあるわ」  男二人の頭に響くリーファの声は、金切声に近かった。  ローブもリーファも、言葉を失った。  やがて口を開いたのは、無口な巨人だった。 「戦争や、それに使う兵器を作り、使う事は、例外なく誤りであり愚かだ。  たとえ敵が外道を極めていたとしてもだ。  が、そうであっても、戦う以上は勝たねばならん」  ローブとリーファは息を飲んだ。  ローブは戦を知らない。 リーファは戦場を知らない。 彼らは観念を頼りに喋った。 が、シ・ルシオンは違った。 戦場で無数の敵を斬った。 これからもそうだろう。 彼の生涯は戦その物だった。 それだけに、彼は戦の悲惨さ、残酷さを知り尽くしている。
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