奔走

8/13

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 奇襲隊は、堰に一気に近付いた。 剣を抜き放ち、警護兵に切りかかる。 オデュセウスも無我夢中で叫び、走った。  警護兵は弱かった。 大した抵抗もなく、我先に逃げ出す有様だった。 人数は数十人程度。 程なくなだれ込んでくるはずの主力なら、壊滅させるのは容易く思われた。  だが、オデュセウスはどこか違和感を感じていた。 その正体はわからない。 奇襲隊の面々も、やがて詰め掛けた本体も、逃げ遅れの掃討に忙しい。 オデュセウスも、必死で逃げる兵を斬った。  堰は占拠された。 奇襲隊の勇気ある動きはその場で称えられた。  その時、突如辺りで火柱が幾つも上がった。 同時に矢が滝の様に降り注いだ。  罠だった。  後にドバイルは語っている。 「人間なら、悪の原因を排除したいだろう。  あの堰が狙われるのは当然だ。  だから、わざと攻めさせて、いたい目にあわせる。  翻弄されたと思わせるんだね。  すると、やる気を削げる。  私ならすぐにもう一戦仕掛けるが、バルザム将軍を含め普通の神経の人には、無理だ。  まあ私の場合、あの戦いの後、堰はがちがちに守っておいたから、もう一戦仕掛けられても、普通に守り切れただろうけど」  ホルツザム兵は、散り散りに逃げた。 が、完全に包囲されていたため、次々と刈り取られた。 オデュセウスは手近な数名を叱咤し、まとめ上げ、先頭をきって闇夜の林に潜む敵陣に切り込んだ。 矢が腿や肩などに数本ささったが、怯まない。 あまりの鬼気迫る気配に、敵が怯む。 彼は数人斬った。 彼に従った者も、それぞれ勇敢に戦った。 途中、一人死んだらしかったが、オデュセウスには振り返る余裕がなかった。  死線を突破したのは、明け方だった。  生き残りは、オデュセウス達数人だけだった。 「生きたが、どうする」  これが素直な思いだった。  他の数百の兵は、燃え盛る闇の中、死んだ。 自分だけ、逃げた。 もう少し仲間を助けられなかったか。 あの場で華やかに死ぬべきではなかったか。 この後の一生涯、卑怯者の謗りを受け続けるのか。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加