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砦内のがらんとした霊安室の中央に、ぽつんと一つだけ、白い棺が置いてある。
石造りの部屋は戦時に備え広くとってあるが、棺の主の努力で維持されてきた平和の中、今は閑散としている。
部屋の中には四隅と棺のそばに灯が焚いてあるだけで、人はいない。警備は入口の扉の前だけだった。
マイクラ・シテアは、この部屋に紫の割れ目を作り、這い出してきた。
「死んだ死んだ」
彼は棺を見て嘲笑う。
棺に烙印されたトルキスタの三つ又槍をちらりと見て、
「ありもしない神に、何ができる」
と吐き捨てた。
彼が指先を少し動かすと、棺の蓋がふわりと持ち上がり、棺の脇に静かに降りた。
白い法衣姿の痩せた遺体が寝かせてある。
装飾らしい物と言えば首飾りぐらいで、それも酷く質素だった。
華美さとは無縁だった彼の人柄が、棺の中にまで表れている。
魔導師は懐から、血の用に真っ赤な、禍々しい彫刻を施した短刀を取り出した。
「これが、楽しみなんじゃ」
魔導師は舌なめずりをして、笑った。
彼は、短刀を遺体の心臓にずぶりと突立てた。
黒くなった血はどろりと粘る。
短刀があばらに当たり、硬い感触がある。
宝玉を探して短刀をねじると、引き裂かれた肉の間にぎらりと光を放つ物が見えた。
魔導師は肉の裂け目に夢中で手をねじ込み、粘つく血だまりの中から宝玉を引きずり出した。
「いい、いいひひひゃははぁ!」
ずたずたにしわがれた金切声で、彼は高笑いした。
「大陸随一と言われるこの頭脳、大いに利用できるじゃろう」
魔導師は再び時空の割れ目を作り、その中に吸い込まれた。
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