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 石畳の暗い回廊の果てで、けたたましい金属音が響く。 牢の鍵を開け、誰かが入ってくる音だった。 二人いる。 あまりにも音が反響しすぎて、何を喋っているかはわからない。 が、低く暗い声であることと、監視人でない人であることはわかった。  この牢獄は滅多に使われないし、実際今投獄されているのも自分一人だけだったから、自分に用事があるのだろうとは、想像がついた。  ファリアヌスは痩せこけ、髭面で、薄く長い髪はべったりと顔に張り付いていた。 投獄されて十日になる。最初の数日は泣き叫んでいたが、この所はただぼんやりと天井の汚れを眺めていた。 彼の個室は狭い。 煉瓦壁で、窓はない。 わずかにランプの頼りない灯りが揺れている。 調度品は、ファリアヌスの座っている固い木のベンチと、便器代わりの桶だけだ。 通路に面するところは全面格子で、巨大な錠がかかっている。 馬鹿でもわかるぐらい、逃げられない。  面会には誰も来ない。 父も母も、執事も来ない。 来るのは一日二回の、汚らしい食事だけ。 最初は嫌ったが、三日目にむさぼり喰った。 そうやって十日過ごした。  今日やってきたのは、ランタンを手にした武骨な男二人だった。 知り合いかとの期待は、外れた。  男二人は牢の鍵をがしゃがしゃと開け、低い扉をくぐって中に入ってきた。 散々糞尿を垂らしているので、酷い異臭に顔をゆがませている。 だがやがて、中年の恰幅のいい方が、口を開いた。 「ルーベン・ファリアヌス子爵閣下、私は陛下の親衛隊長を勤める、ビケ少将と申します。  この度は、お父上であるルーベン伯、および此度の被害者の父君、バンスファルト伯の特別なる計らいで、本日、本牢内での自決を許されました。  お覚悟を召されよ」  なにがし少将は、時折生唾を飲み込みつつ、いかにもという棒読みで、覚えた台詞を言った。  そして懐から巻いた羊皮紙を広げ、ファリアヌスに見せた。 そこには、見慣れた父のサインとルーベン家の刻印、その横にバンスファルトと読めるサインと刻印がある。  そしてその先には、 「ルーベン・ファリアヌス子爵の自決に同意する」 と、短く書かれている。  少将は、嘆息しながら言った。 「伯爵としての地位と、政治家としての実績もある両閣下が、それぞれ声を上げて泣かれた。  お二人は互いに良き同僚であり、友人であられる。  貴卿にその気持ちがわかるかね」
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