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「ほんとに噂通りのお方。
家系も大切かも知れませんが、私はお家柄と恋に落ちたくありません。
男性と恋に落ちたいのです。
あえて家系のことを言いますのなら、伯爵である父にも伯爵夫人である母にも、そのようにしつけられております」
ほとんど何も言う前から、ファリアヌスは拒絶されてしまった。
「それは、わたわた私が、みみ醜いからですか」
「そうですわね、あなたは見た目もそうかも知れませんが、心も醜いわ。
先日亡くなられたオデュセウス様のように、私心がなく、我々国の人々のために懸命に働いてくださる誠実な方が、私の好みです」
早口でそうまくし立て、言い終わると、
「それではご機嫌よう」
と言い捨て、令嬢は背を向けた。
ファリアヌスはその刹那、脳が焼け付くような嫉妬に取り付かれた。
全身が震え、よだれを垂らした。
気がつけば彼は、腰に差していた細身の剣で、バンスファルト令嬢を串刺しにしていた。
背中から心臓を一突きで、その柄から彼女の激しい痙攣が生々しく伝わってくる。
剣から手を離そうとしても、強く握った手が剣からなかなか離れない。
令嬢は崩れ落ちる。
つられてファリアヌスも転倒する。
倒れた令嬢は数回大きく痙攣し、その後ぴたりと動かなくなった。
人を殺したことのないファリアヌスにもわかる。
死んだのだ。
やっとのことで剣から手を離せたファリアヌスは、
「ひひ、ひいぃ、ひひゃぁ!」
と、逃げ出した。
ファリアヌスはとにかく宮殿から抜け出すことを考えた。
真っ先に考えたのは、誰を使おうかということだった。
手近なところに屈強そうな兵が巡回していたので、すがりつく。
「き、きき、貴卿に命ずる。
私を、急ぎ城外へ連れ出すのだ。
わ、わわ私はルーベン伯爵の長子で、ファリアヌス・ファン・ルーベン子爵である」
兵士はいきなりで少なからず驚いた。
「何事でありましょうか」
兵士はファリアヌスに問い返す。
その時兵士は、ファリアヌスの手や袖のあたりが血にまみれているのに気がついた。
「子爵閣下、お手元に付いた血の跡は、いかがなさいました?」
よく見れば、腰にあるはずの剣は鞘だけである。
その時点で兵士にはおよその察しがついてしまった。
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