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「子爵閣下、どなたと争われました?」  わずかに目を細めた兵士のいかつい顔が、ファリアヌスには鬼に見えた。 膝がわなわなと震え、喉が焼け付いた。 「閣下」  兵士が一歩詰め寄る。 途端にファリアヌスは、 「無礼者」 と喚き、転ぶように逃げ出した。 兵は追いかけようとしたが、相手が上級貴族であり、躊躇った挙げ句、追いかけられなかった。  ファリアヌスは逃げ惑った。 周りにいる全てが、自分が人殺しであることをきっと知っている。 しかもそれは、バンスファルト伯爵令嬢である。 「あ、はぁあ、いいいかん、レイ、レイピアに」  彼は、どこかで捨ててきた剣の束に、ルーベン家の紋章があるのを思い出した。 それを見れば、もはや自分が犯人であることは、証明されたようなものだった。  彼はとりあえず隠れようと思った。 あたりを見渡すと、庭師たちが使っているとおぼしい小さな小屋がある。 ファリアヌスは、夢中でそれに駆け寄る。 かんぬきには錠もかかっておらず、立て付けの悪い引き戸を無理矢理開け、中に入った。 酷い埃の臭いがして、むせた。 暗くてよく見えないが、彼はしばらくそこで息を潜めた。 「ようこそ、人殺し子爵殿ぅひゃひゃひゃ」  地獄から這い出てくるような声が、いきなり脳髄に響いた。 「うわあぁ!」  ファリアヌスは叫び、たちまち失禁した。 腰を抜かし、小屋の中で無様に這い回る。 「ひゃははは、面白くて汚いけだものだぁひゃひゃ。  オデュセウスはわしに剣で斬りつけてきたが、その自称ライバルは、おもらしだぁひひ」  ファリアヌスの体が、無数のウジ虫が全身を包むような感触に襲われる。 ふと手元や胸元を見れば、赤黒く粘つく血の塊が、ざわざわと体を包み込んでいた。 「ひ、ひぃやぁあぁ」  ファリアヌスは絶叫する。 「うるさいよ、このくずが」  脳にがんがん響く闇の声が、急に猛烈な殺気を帯びる。
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