月光

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  やがてついに、一度破壊された城門の近くが破られる。  時折しも、満月の南中。  バルザムは斧を振り上げた。 「よし、突げ…」  その時バルザムは、背後に凄まじい気を感じた。  バルザムは声にならない悲鳴をあげ、コマのように振り返った。  背後、と言うには、あまりにも離れた場所。 しかしバルザムには、はっきりわかった。 月光の輝きの真下、最初に彼がボルネット城を見下ろしていた丘。 雪で覆われ、なだらかで青白く輝く丘。  その頂上に、それがいる。  魔物たちが、その極めて凄まじい、筆舌に尽くしがたい強烈な気に威圧され、凍りついている。  バルザムの魂も、魔神に握りつぶされた様だ。 恐怖という陳腐な言葉ではなく、あるいは絶望その物でさえ、生ぬるく感じられる。 破壊、地獄、殺戮、そんな言葉の全てが、その気と比べれば、何と生ぬるいことだろうか。  バルザムは、狂ったように叫んだ。 「シ・ルシオン!」  バルザムの視線の先、青白い丘の上。 月光に照らされ、青く、黒い姿。 荒々しい熊革のマントをなびかせる巨人。 そして巨人は、漆黒の巨馬が引く、巨大な馬車に跨がっていた。 手には、この世でこの巨人以外には誰も扱えないであろう、計り知れないほどの豪槍を握る。 限りなく鍛え上げられた体は、この極寒でも陽炎が立つほどに、熱く燃えていた。 「全軍反転じゃぁ!」  バルザムは叫んだ。 恐怖を否定するように叫んだ。 だが彼は、人にあらざる身だから震えてはいなかったが、まだ生身であったなら、立ってさえいられないほどに震えていただろう。  しかしバルザムは叫ぶ。 「わしは貴様を殺すためによみがえった!  人を捨て、強くなった!  もう貴様の好きにはさせぬ!」  そしてバルザムは、その手に握る巨大な戦斧を雪原にたたきつけ、吼えた。 「続けえぇ!」  奇しくもその声と同時に、月光に輝く丘の上で、巨馬が高々と立ち上がり、いなないた。  バルザムは丘に向かい、駆け出す。 魔物の群れも黒々とした帯のように、それに続いた。  そして丘の上から、月光を背に悠然と構える巨人を乗せた、漆黒の巨大な馬車が、幻想的に動き始めた。
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