1人が本棚に入れています
本棚に追加
やがてついに、一度破壊された城門の近くが破られる。
時折しも、満月の南中。
バルザムは斧を振り上げた。
「よし、突げ…」
その時バルザムは、背後に凄まじい気を感じた。
バルザムは声にならない悲鳴をあげ、コマのように振り返った。
背後、と言うには、あまりにも離れた場所。
しかしバルザムには、はっきりわかった。
月光の輝きの真下、最初に彼がボルネット城を見下ろしていた丘。
雪で覆われ、なだらかで青白く輝く丘。
その頂上に、それがいる。
魔物たちが、その極めて凄まじい、筆舌に尽くしがたい強烈な気に威圧され、凍りついている。
バルザムの魂も、魔神に握りつぶされた様だ。
恐怖という陳腐な言葉ではなく、あるいは絶望その物でさえ、生ぬるく感じられる。
破壊、地獄、殺戮、そんな言葉の全てが、その気と比べれば、何と生ぬるいことだろうか。
バルザムは、狂ったように叫んだ。
「シ・ルシオン!」
バルザムの視線の先、青白い丘の上。
月光に照らされ、青く、黒い姿。
荒々しい熊革のマントをなびかせる巨人。
そして巨人は、漆黒の巨馬が引く、巨大な馬車に跨がっていた。
手には、この世でこの巨人以外には誰も扱えないであろう、計り知れないほどの豪槍を握る。
限りなく鍛え上げられた体は、この極寒でも陽炎が立つほどに、熱く燃えていた。
「全軍反転じゃぁ!」
バルザムは叫んだ。
恐怖を否定するように叫んだ。
だが彼は、人にあらざる身だから震えてはいなかったが、まだ生身であったなら、立ってさえいられないほどに震えていただろう。
しかしバルザムは叫ぶ。
「わしは貴様を殺すためによみがえった!
人を捨て、強くなった!
もう貴様の好きにはさせぬ!」
そしてバルザムは、その手に握る巨大な戦斧を雪原にたたきつけ、吼えた。
「続けえぇ!」
奇しくもその声と同時に、月光に輝く丘の上で、巨馬が高々と立ち上がり、いなないた。
バルザムは丘に向かい、駆け出す。
魔物の群れも黒々とした帯のように、それに続いた。
そして丘の上から、月光を背に悠然と構える巨人を乗せた、漆黒の巨大な馬車が、幻想的に動き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!