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魔馬車が、駆けた。
真夜中の雪原は轟音とともに裂け、その裂け目は魔物の軍勢に向けてまっしぐらに突き進む。
雪煙が爆発のように吹き上がり、魔物の軍勢に襲いかかる。
それは刹那の出来事だった。
魔物やバルザムと比べてもひときわ大きい漆黒の馬車が、魔物の群れに突っ込む。
巨大な蹄が魔物を次々と蹴り上げ、巨大な二つの車輪が魔物の軍勢を無人の野をゆくがごとく蹂躙した。
まさにそれは、蹂躙。
蹂躙。
漆黒の馬車だけではない。
馬車にまたがる巨人がひとたびその豪槍を振るえば、数え切れないほどの魔物が餌食になった。
赤や緑、青といった、様々な色の血が竜巻のように吹き荒れ、魔物たちは逃げまどう。
だが槍は逃げる魔物たちを許さず、更なる死を産み出していく。
魔物の軍勢はあっという間に崩れた。
バルザムは震えた。
震えているしかなかった。
「ひひ、ひるひる、怯むな…。
所詮たったの一騎ではないか…」
うわ言のように呟く。
だが魔物の軍勢は散り散りになり、我先に戦場を離脱する。
気がつけば、自分と馬車の間の雪原に、破壊された町の瓦礫と魔物の死骸が溢れる王道が開けていた。
バルザムの脳裏に、二十数年前の光景が稲妻のように甦る。
ホルツザムに隣接する小国プレアへの侵攻。
王城ブタハを目前にした赤土の荒野。
ホルツザムの大軍に突撃してくる数百の敵兵。
嘲笑い、捻り潰せと命じた。
しかしそのあと、信じられない事件が起こる。
突撃部隊と交わった直後、最前線で次々と吹き飛ばされる何人もの兵士の姿が見えた。
少し離れているので、人形を投げて遊んでいる様な、不思議な光景だった。
しかしそれが何度か繰り返されると、事態が変わった。
言葉にならないどよめきが数万の軍を支配し、それが明確な恐怖に変わるまで、そう時間はかからなかった。
ホルツザム軍の陣容が、ずるりと腐り落ちるように崩れた。
威風堂々たる格調高い軍の意気は失せ、一気に全員が思い思いに逃げ始めた。
引き潮のように軍がまばらになった先には、獅子を思わせるたてがみと褐色の肌を持った巨人の姿があった。
バルザムは逃げた。
無我夢中だった。
栄光ある英雄将軍バルザムが、生まれて初めて生き恥を晒した時だった。
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