ドバイルの戦争

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 ゴートはひどく居心地が悪かった。 厳重な警備を敷き、万全と思っていたのに、あっさりやりたい放題やられた。 しかも交渉とは名ばかりの無理難題を押し付けられて終わりだった。 「明日だと?」  ゴートは苛々と吐き捨てた。 しばらく太い腕を腕組みし、懊悩の顔だったが、やがて副官に、 「少し部屋に戻っている」 と告げ、謁見の間を引き上げた。  自室に戻ったゴートは、すでに結論を決めていた。 「そんなもの、民を毎日百人差し出せばいい。  ここは元々占領地だ。  そもそも」  ゴートは少し馬鹿にしたように鼻で笑った。 「俺はベイシュラ軍の総帥だ。  俺がこんなくだらない事で死んでいいはずがない。  占領地の民衆と俺と、どれ程価値の差があると思っている」  自らの首を差し出すなど、ありえない。 魔物の群れと戦うとして、万一自分が戦死したら、ベイシュラはどうなる。 そんな危険を冒すのは、一国の将として、断じて行ってはならない。  一瞬、二十余年前の光景が浮かぶ。 まだベイシュラが南方の大陸を制覇していないころ。 ゴートはまだ中隊長だった。 弟が、部下として小隊を率いていた。 その弟の小隊が、それまで順調に敵を攻めていたのに、突然、腐り落ちるようにずるりと崩れる。 無秩序な逃亡が始まり、それを食い止めようと弟が奮闘する。 その視線の先に、獅子を思わせる白髪の巨人。 それはさながら血の竜巻。 ゴートは恐怖のあまり、動けない。 むしろ、馬を後ろに下げる。 逃げようとしている。 やがて血の竜巻に、弟が呑み込まれる。 「違う!  あれは、違うのだ!  中隊を救うためには、助けてはならなかったのだ!」  悲痛な声で彼は叫んだ。 自らの声に驚き、少し我に返る。 「とにかく、今回の件は、奴隷や新しい領民を順に魔物どもに差し出すしかあるまい。  理由だけ考えねばならんな。  栄誉ある犠牲のような形で、何とか体裁を作らねばな」  ゴートは禿げた額に浮かんだ玉の汗を分厚い手で拭った。 小さく舌打ちし、鼻をならした。  ゴートはふと思い立ち、呼び鈴を鳴らした。 程なく小姓が控えの間から現れる。 「例の狼煙だ。  軍事施設局長に言って、すぐ上げさせるのだ」
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