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ローブは例によって殺風景で狭い地下の執務室で、助手のフォルタから、先日の魔物の軍勢によるザーグ砦陥落、およびその後のホルツザム侵攻について、報告を受けていた。
死者の数はしめて三万七千あまり。
その前のベイシュラ攻撃と合わせて、死者は四万に上る。
特筆すべきは、以前のルビア攻撃と違い、ほとんど魔物に被害を与えられていないことだ。
特にザーグ砦については、土木工事や井堰の攻略で勝敗が決している。
これは、
「純粋に人間同士が戦争をしていても、負けていた」
という可能性を強く示唆している。
「市民の死者は?」
ローブはフォルタに尋ねる。
「はい、ザーグ砦侵攻とそれ以降、全くありません。
まあ魔物の軍勢はもっぱら砦や駐屯地を狙っていますから、当然かもしれません」
「当然じゃねぇさ、意図通りだ」
ローブは大きなあくびをしながら言った。
フォルタは怪訝な顔だ。
「意図通り、ですか」
「そうさ。
ザーグ砦や駐屯地を狙ったのは、それが目的じゃなくて、手段さ。
とは言え、四万人が死んだことには変わりねぇがな」
そう言い終わると、ローブは椅子からひょいと立ち上がり、
「ロド殿と教皇の所へ行く。
フォルタ、お前も一緒に来てくれ」
と助手に告げた。
机に雑に置いていた古文書をひっつかみ、早足で部屋を出る。
フォルタは慌ててそのあとを追う。
「何事ですか」
「あと十九日で魔界門が出現する」
その言葉に、フォルタは戦慄し、言葉を失った。
「まぁそう固まるなって。
それ自体は、良くはねぇが、仕方ねぇところもある」
フォルタにはローブが何を言っているのかよくわからない。
「確認だが、食料備蓄は何日分ある?」
「はい、市民五十万人で十五日分、フルーゲンの専用倉庫に備蓄ずみです」
フルーゲンは、トルキスタ聖教自治区の首都ザナビルクの南東外れにある地域である。
大聖堂から徒歩で二日足らずといった所だ。
元々肥沃なザナビルク近隣でも、特に盛んな農業地帯である。
「よし、金のない中でよくやってくれた」
まず二人は、トルキスタ聖騎士団総帥のロドの執務室へやって来た。
トルキスタ聖騎士団は、二十年前はただのだらけた兵団だったが、今や世界中で頼られる治安維持軍である。
その総帥であるから、ロドの権威も今や絶大である。
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