先導

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 ローブのその言葉に、老人の顔が凍りついた。 横で聞くロドは、老人の表情の変化に驚き、慌ててローブを制止しようとする。 「ローブ、貴様、トルキスタの聖地を愚弄する気か」 「控えよ!」  鋭い声が飛ぶ。 教皇が、並々ならぬ気迫を放っていた。 先程まではただの柔和で小さな老人だったのが、今は巨大に思えた。 「ローブよ、それはまことか」 「わかりません。  ただ、ソルドはこの書に、確かにそう記述しています」  教皇は少し絶句し、やがて深いため息とともに、険しい顔でソファに背中を深々と預けた。 「見せてくれないか」  教皇の求めに、ローブは古文書を開き、該当の箇所を示した。 教皇は古代語の文面をしばらく、何度か繰り返して読み、やがて唸った。 「うむ、確かに」  教皇は古文書をローブに返し、再びソファに深々と座った。 天井を仰ぎ見、喉から奇妙な唸り声を出した。 やがて再び顔を、来客たちの方に戻す。 「それで、なぜこのザナビルクから市民を避難させるのかね。  魔界門が開くというのかね」  再び教皇は尋ねる。  ローブは少し考え、答える。 「いえ、私やシ・ルシオン、そして大賢者ソルドやリーファも、それを阻止するために、様々に策を練ってきました。  ただ、リーファの予言によると、今から十九日後、マイクラ・シテアの船が出現し、それによって魔界門が出現いたします。  解放を食い止めるべく働きますが、出現だけは、避けられないと思います。  そしてリーファによれば、魔界門出現に伴い、このザナビルクは消滅します」   ローブは、意識して淡々と語った。 油断したら、感情が暴走しそうで怖かった。 また、話を聞いている幾人かに必要以上の恐怖を与えたくもなかった。  教皇は静かにうなずいた。 「およそ理解した。  市民に避難を呼び掛けよう。  ロドよ、卿は市民の避難を指揮してほしい」  ロドの表情に緊張が走る。 「は、はい、かしこまりました」 「それから今日の夕刻、市民に向けて私が自ら避難を呼び掛けよう。  それに備え、大聖堂前に市民を出来る限りの集めてほしい」  そこには、隠居して小さくなった老人ではなく、トルキスタ聖教という巨大な宗教の最高指導者の姿があった。  教皇との会談が終わると、ロドはすぐさま聖騎士団の大隊長を召集し、市民避難計画の実行を命じた。
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