先導

7/10
前へ
/10ページ
次へ
 また彼は、自らの直轄部隊に命じ、市民に大聖堂前に集まるよう声かけをさせた。  平和な初夏の、平凡な午後である。 市民たちは何事かと訝しく思うものの、基本的に敬虔な信者がほとんどであり、大きな混乱はなく、夕刻が近づくに従い、人々は集まり始めた。 聖騎士団もあちこちで警備に当たり、その統制は見事であった。  夕刻には、三万人が大聖堂前の広場を埋めた。 ローブは広場を見渡せる大聖堂のバルコニーからその様子を見ていたが、市民たちもどこか感じるところがあるのか、不安げな表情が多く見受けられた。  やがてローブのいるバルコニーに、侍従などを二十人ばかり引き連れ、教皇がやって来た。 教皇はおぼつかない足取りで、脇を若い僧侶に支えられている。 しかしその目は強い光を放っていた。 「ありがとうございます」  ローブは安堵の表情で、頭を下げる。 教皇はにこりと笑い、左手を少し上げてローブに答えた。  教皇がバルコニーへ進み、市民の目に入ると、大きな歓声が沸き起こる。 しかしそれは、オデュセウスの神託の時のように歓喜一辺倒ではなく、どこか不安を漂わせていた。  教皇が手を大きく掲げると、ひときわ喝采が大きくなったあと、広場には波のように静寂が広がった。 「敬虔なる信徒たちよ、よく呼び掛けにこたえ、集まってくれたことに感謝します」  弱々しい老人の声が、広場に響く。 「千年の昔、偉大なる大賢者ソルドが、大魔導師ブサナベンを、激しい戦いの末に打ち破り、以来今日に至るまで、世界は戦争や混乱を経験しつつも、人々は文明を維持してきました。  しかし今、再び千年前の様な、あるいはそれ以上の災厄が、世界を襲わんとしています。  まず我々はこのザナビルクを捨てねばなりません。  なぜなら、今から十九日ののち、ザナビルクは消滅してしまうのです。  これは、不幸ながら、神託です」  ゆっくりと弱々しい語り口であり、対する聴衆は三万人。 最初は、理解できた者も少なく、聞こえてさえいない人も多かった。 しかし、さざ波は少しずつ広場に広がり、やがてそこかしこで悲鳴が上がり始めた。  教皇はもう一度手を掲げる。 すると市民たちは、次の言葉を聞き逃すまいと、また静寂へと帰っていく。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加