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また彼は、自らの直轄部隊に命じ、市民に大聖堂前に集まるよう声かけをさせた。
平和な初夏の、平凡な午後である。
市民たちは何事かと訝しく思うものの、基本的に敬虔な信者がほとんどであり、大きな混乱はなく、夕刻が近づくに従い、人々は集まり始めた。
聖騎士団もあちこちで警備に当たり、その統制は見事であった。
夕刻には、三万人が大聖堂前の広場を埋めた。
ローブは広場を見渡せる大聖堂のバルコニーからその様子を見ていたが、市民たちもどこか感じるところがあるのか、不安げな表情が多く見受けられた。
やがてローブのいるバルコニーに、侍従などを二十人ばかり引き連れ、教皇がやって来た。
教皇はおぼつかない足取りで、脇を若い僧侶に支えられている。
しかしその目は強い光を放っていた。
「ありがとうございます」
ローブは安堵の表情で、頭を下げる。
教皇はにこりと笑い、左手を少し上げてローブに答えた。
教皇がバルコニーへ進み、市民の目に入ると、大きな歓声が沸き起こる。
しかしそれは、オデュセウスの神託の時のように歓喜一辺倒ではなく、どこか不安を漂わせていた。
教皇が手を大きく掲げると、ひときわ喝采が大きくなったあと、広場には波のように静寂が広がった。
「敬虔なる信徒たちよ、よく呼び掛けにこたえ、集まってくれたことに感謝します」
弱々しい老人の声が、広場に響く。
「千年の昔、偉大なる大賢者ソルドが、大魔導師ブサナベンを、激しい戦いの末に打ち破り、以来今日に至るまで、世界は戦争や混乱を経験しつつも、人々は文明を維持してきました。
しかし今、再び千年前の様な、あるいはそれ以上の災厄が、世界を襲わんとしています。
まず我々はこのザナビルクを捨てねばなりません。
なぜなら、今から十九日ののち、ザナビルクは消滅してしまうのです。
これは、不幸ながら、神託です」
ゆっくりと弱々しい語り口であり、対する聴衆は三万人。
最初は、理解できた者も少なく、聞こえてさえいない人も多かった。
しかし、さざ波は少しずつ広場に広がり、やがてそこかしこで悲鳴が上がり始めた。
教皇はもう一度手を掲げる。
すると市民たちは、次の言葉を聞き逃すまいと、また静寂へと帰っていく。
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