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「しかしご安心いただきたい。
トルキスタ聖教は、この日のために二十余年にわたり、様々な調査と準備を進めて参りました。
神託に従い、トルキスタ聖騎士団は、皆様にフルーゲンの地へ避難いただくよう、手はずを整えております。
十日後の正午より、順次避難を開始いたします。
是非皆様には、大切な家族が揃い、大切な品々を携え、騎士団の指示にしたがって避難をお願い致します」
安堵と不安、恐怖など、様々な感情が、広場を駆け巡る。
人々はどうすればいいのかわからない。
ただ、聖騎士団の補助がある。
指示にしたがえば良さそう、というのが、かろうじて聴衆の混乱を抑えていた。
「思ったより厳しいな」
ローブは苦い顔でフォルタに耳打ちする。
「いい神託は喜んで聞くが、悪い神託はやっぱり現実的に受け止めてしまう。
が、まぁこれ以上の策も浮かばねえから、仕方ない」
今日の後片付けはよろしく、と言い残して、ローブは頭を掻きながらバルコニーを立ち去った。
フォルタは請け合ったが、珍しく苛立ちを見せるローブが若干心配だった。
ローブはその足でシ・ルシオンのいる部屋へ向かった。
大聖堂の一角にあるその部屋は、ローブの部屋に輪をかけて殺風景で、ランプひとつと、巨大な剣しかない。
当人はベッドに横になっている。
「よう、旦那」
ローブは巨人に声をかける。
返事はない。
いつものことである。
「出発は、住民の避難が始まって三日目だ」
「ああ」
低い声で返事が帰ってくる。
「見送りに行けたら、行くよ」
「いらん」
ぶっきらぼうに巨人は言う。
しばらくローブは言葉を失うが、やがて髪をくしゃくしゃと握りながら、儚く笑った。
「つれないねぇ。
俺は忙しいんだぜ?」
その語尾は、少し震えていた。
しばらくまたローブは言葉を失う。
足元を見つめ、天井を見上げ、やがて一言、
「世話になった」
とだけ言い、さらに続けようとして続けられず、振り払う様にして巨人の部屋から体を引き剥がした。
ローブは本当に忙しい。
その後も、住民避難のための準備に奔走する。
それなりの悶着もあり、いちいち解決していく。
飲み食いは走りながらや馬車、馬上で、といった具合だった。
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