運命の日

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「とは言え、四万人がドバイル将軍の指揮で殺された。  二十万ほどの人が、家族や恋人を失ったわけだ。  市民に犠牲がなかったのは、将軍のせめてもの、人としての線引きさ。  そしてそれを意図通りにやってのけるところが、ドバイルという人の凄さだろうな」  その言葉を聞いて、フォルタはふと気づいた。 先日ローブに、ザーグ砦から始まる一連の戦況報告をした時である。 確かあの時、ローブは「意図通り」と言っていた。 「そういうことだったんですね」  フォルタは複雑な顔色だった。  その夜半過ぎ、教皇を乗せた輿が、フルーゲンの丘に引かれてきた。 数十名の聖騎士がランタンを手に護衛につき、数十名の侍従が陰気な面持ちで付き添っていた。 教皇は到着しても輿から出てくる様子はない。 本人の意向かどうかはともかく、この期に及んでもまだやはり、権威を保ちたいと思う人がいるようだ。  ローブは一応、不慣れな場所への行幸に謝するべく、教皇の輿の所へやって来た。 「大袈裟なこった」  市民たちには不便な避難生活を強いている。 その一方で、小さな老人が、百人もの人を引き連れている。 「トルキスタ聖教?  聖なる教え?  何の冗談だ」  彼はぼそりと吐き捨てたあと、少し白々しい笑いを作り、教皇の侍従長に声を掛ける。 「教皇猊下のご様子はいかがですか。  深夜の行幸ゆえ、お疲れのこととお見舞い申し上げます。  何かとご不便をお掛け致しますが、ご容赦くださいませ」 「面会は無理だぞ」  ローブの挨拶を打ち切るように、いかにも傲慢そうな侍従長は言った。 実力はともかく地位の低いローブの事など、虫けら同然と思っているのがよくわかる。 ましてやローブは、相変わらずのはみ出し者である。 「承知しております。  ではこれにて」 「猊下の特別な温情がなければ、貴様の無法な企みなど、本来はあり得ぬ。  この騒動が終わったら、なにがしかの声がかかるかも知れぬな」  それはつまり、処罰という意味だった。 「心得ております」  ローブは実に慇懃に頭を下げ、退いた。 「そこで聖騎士団が命懸けで市民を守ってるのに、暇な連中だ」  ローブはフォルタにこぼす。 怒りを通り越して、呆れるぐらいだった。
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