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フェリスの朝は早い。
彼女が任されている、掘っ建て小屋同然のささやかな教会。
まずは窓を開けて、まだ随分涼しい風を講堂に通す。
床を濡れたタオルで拭き、窓枠の埃も丁寧に拭き取る。
椅子も美しく並べ、トルキスタ聖教の三ツ又槍の形を作る。
中の清掃が終わる頃、夏の朝は早く、外はもう明るい。
フェリスはホウキを持って表に出て、教会の周りの道路を掃き清める。
続いて花壇に水をやり、傷んだ葉を丁寧に剪定する。
人々が動き出す。
フェリスは道行く一人一人に、輝くような笑顔で挨拶をする。
男も女も、子供も老人も、みんな彼女が好きだった。
貧しい地域であるが、彼女の存在が人々の心を、少なからず豊かにしていた。
かつてこの地域は、バザの中でも極端に酷いスラム街だった。
道には死体が転がり、物請いや売春婦が溢れ、悪党が闊歩していた。
しかし彼女が、街を美しくしていった。
彼女の笑顔が新しい笑顔を生み、人々が徐々に仕事をし始めた。
トルキスタ聖教の聖地バザにありながら、トルキスタ聖教から見捨てられたスラム街。
しかし彼女が再び、運良くそれはローブというはみ出し者によるものだが、教会の援助を勝ち取ったのであった。
太陽が東から上がると、気温は夏らしくぐんぐん上がる。
汗が彼女の頬を伝い始める。
「さあ、そろそろ食事にしようかしら」
一通りの清掃が終わった時だった。
彼女は何者かに思い切り突き飛ばされた。
「きゃぁ、何を」
しかしそれは、違った。
地面が下から突き上げられている。
激しい地震だった。
地の底から低く大きな地響きが伝わり、ガタガタと揺れている。
この辺りは地震の多い地域ではなく、こんな激しい揺れは初めての経験だった。
何度も何度もそれは下から、神の手で殴る様に繰り返し突き上げてくる。
周りのバラックは崩れ始め、道には人々が飛び出してくる。
振り返れば、フェリスの教会も壁が割れ、屋根が剥がれ、今にも崩れそうだった。
そのとき彼女は、ひどく嫌な気配を感じた。
地震が?
そうではない。
もっともっと、遥かに嫌な、猛烈な悪意を感じたのだ。
ふと彼女は、バザ大聖堂のある方向に顔を向ける。
そこには、黒と紫の入り交じった、オ-ロラのようなものが、天空に漂っているのが見えた。
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