空飛ぶ船

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 その巨大な絶望の権化は、一通り人々の魂をむさぼって、少し飽きた頃合いで、ぞろりと動き始めた。 東へ、頭のようなところを向け、そちらに向かう。  それは、空飛ぶ悪夢の船だった。  その中核部分に、マイクラ・シテアはいた。  彼は紫に脈打ち光る球形の空間に浮かび、一心に呪文を唱え続けていた。 それはこの絶望の船を制御するためのものである。 骨と皮だけの体からすさまじい気をみなぎらせ、彼は船を威圧し続けた。 「ドバイルめ、なかなかに鋭い」  魔導師は内心悔しい。 彼ほどの天才魔導師であっても、この巨大な化け物を制御するのは、非常に困難だったのだ。 一瞬でも気を緩めると、自分自身が化け物に取り込まれてしまう。  時々船は彼に語りかけてくる。 その声は、幼子のようである。 『キミハ ダレ?  トウサンジャ ナイヨネ?  ドウシテキミハ ボクヲ イジメルノ?』 「黙れぇいぃい!」  魔導師は喚く。 すると船は恐れおののき、泣き出す。 「わしに逆らうか、逆らうか!  逆らうとあらば、何者であろうと滅ぼす!  わしはすでにブサナベンを越えた!  史上最高の魔導師、魔帝じゃ!  貴様をこの世に引きずり出し、貴様をもって魔界門を開き、地上を滅ぼし、冥界へ攻め込み、不死王となるのは、このわしなのじゃ!  貴様など、わしの下僕に過ぎぬわぁああぁあ!」  魔導師は、引きちぎれそうなしわがれ声で絶叫する。 と同時に、彼の半ば実体を失った右手から緑色の光線が走り、彼を囲む空間を薙ぐ。 すると船は、幼い悲鳴を上げた。 『イタイ イタイヨ ナニスルノ!』 「わしに従わぬとあらば、焼き払うのみよ!」 『ヤメテ ヤメテ ウワアァーン』  船は泣き出した。 周囲の時空は歪み、魔導師もその存在が、消ゴムで消すように消滅しそうになる。 だがそれでも魔導師は、再び魔術を放ち、船を恐怖で押さえつける。 『ゴメンナサイ ゴメンナサイ イウコトヲ キクカラ ユルシテ』 「当然じゃ、下僕が!」  大地は震え、天は渦巻く。 船はようやく魔導師の支配下に置かれようとしていた。 「よしよし、それでいい。  貴様はわしと共に魔界門を開くのだ。  貴様は魔界門の鍵となるのだ」  魔導師は少しだけ満足げだった。
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